【連載】『東九条、死者無き多文化共生の行方≪35≫』

「宙」のまつり東九条マダン 

その① 東九条死者無き多文化共生の行方

   
   
  連載本編を再開する前に、戦争が起きてしまった。 この連載で東九条がどうとか多文化共生がどうとか書いているが、それはやはり社会がこのまま続くという前提があったからこそ書くことができたわけで、 その前提となる世界そのものが壊れてしまうという現実がある今、この連載を書くことの意味も改めて問われることになる。
   
 この不当な戦争はそもそもは、ガザで起きている虐殺を世界が放置し続けてきたことのツケが世界全体に回ってきたわけで、その責任は世界のひとりひとりにある。 ガザでの虐殺を、イスラエルの暴虐を、このあまりにも凄惨な「他者消去」を世界が真剣に止めていたならばこの戦争は起きていなかった。
   
今回イスラエルとアメリカがイランに仕掛けた不当な戦争は、皮肉なことに「世界はつながっている」という事を体感をもって明らかにした。 世界の遠い地域での戦争や虐殺、他者消去が、「わたし」が生活するこの社会そのものを壊すということがもう身をもってわかったはずだ。 それが遠い地域のことだろうが、自分が住んでいる地域のことだろうが、大きな世界だろうが小さな世界だろうが、「他者消去」はこの社会そのもの、世界そのものを破壊し消去する。世界はつながっているのだから。
   
 戦争という現実が、この連載などをすごいスピードで追い越し追い抜き世界そのものを破壊してしまった。 東九条だ多文化共生だと言っている場合ではないのかもしれない。 だけどおれは、この東九条という地域で起きている「他者消去」「死者消去」にきちんと取り組みたい。 戦争も、東九条多文化共生エリアで進行してる虚無化も、起きていることは「他者消去」だ。 戦争に反対することは勿論のことだが、まずは平山の身の回りの「他者消去」「死者消去」を止めることに全力尽くす。
   
今、世界中で起きていることは「他者消去」であり「死者消去」である。 死者が消去されている代わりに「死体」が「生産」されている。 まるでゲームのように、「死体」は「生産」されている。それは戦争だけではない。グローバル、ローカル問わず社会のあらゆる領域で「死体」が「生産」され続けている。
   
死者がいなくなったから、死者たちが消されたから、「死体」が「生産」されるのだ。
   
人間は「(生産)物」に成り下がってしまった。人間が人間であることは「死者性」に賭かっている。
   
人間が死んだ時、死体ではなく死者になることが、人間を人間たらしめる。
   
そして「死者たち」が、今生きている人間を「物」ではなく「人間」として在らしめるのだ。
   
「死者たち」こそが、人間を人間として在らしめるのだ。
   
それを多文化共生と言おうが、共生と言おうがそこに「死者たち」がいなければ、その(多文化)共生は戦争と同じく「死体」を「生産」する装置にしかならないだろう。
   
今起きている戦争や虐殺はそのことを改めてはっきりと体感をもって認識させてくれた。
   
東九条多文化共生エリアにおいても「死体」は「生産」されている。
   
東九条というローカルな場で起きていることだが、この連載を書き終えることで、世界中で起きている「他者消去」「死者消去」に抗いたい。
   
戦時下で書くこと、描くこと、踊ること、それは砂を噛むような思いしながらの表現となるが、この砂をきちんと噛み締めて、この砂が血とならないことを祈って、
   
この連載が死者たちの復活、世界の再生のための瞬間となれるよう、まだこうして表現できることの喜びを噛み締めながら、叫び書きたいと思う。
   
では、連載本編を再開する。
   
 【連載】『東九条、死者無き多文化共生の行方』、連載第一回から第二十二回までを連載前半とし、主に東九条多文化共生エリアで起きている様々な問題を示しながら、 並行して現実にその問題に対する平山の戦いを記録していった。 その中で東九条多文化共生エリアの中の六つの(多文化)共生について検討をした。 そして何故東九条多文化共生エリアで人間の虚無化が進行しているのか、その平山なりの検証を書いていったが、その中で「東九条マダン」は人間を虚無化しない(多文化)共生の取り組みであることを示し、 連載後半では東九条マダンについてさらに詳細に考えてみることでその可能性を検証するつもりでいた。 その検証のひとつとして、韓国の民衆文化運動、それに連動する「民族民衆民主化運動」の精神や思想が東九条マダンに流れているのかいないのか、 つまり、民衆文化運動である東九条マダンを朝鮮の思想史の中に位置づけることはできないのだろうかと構想し、 そのために韓国、朝鮮の歴史、思想史、民族民衆民主化運動の本などを読んでいた。 韓国の独裁政権、民主化運動の時代を描いた映画も見た。極道の妻たちも観た。ミナミの帝王も観た。シュリも観た。 それらの本や映画はとてもおもしろく、自身の血肉となっているのだが、それらを読めば読むほど、観れば観るほど、東九条マダンとは何の関係も無いのではないかと強く感じるようになった。
   
東九条マダンは、朝鮮や韓国の歴史、思想史、と何の関係もないのではないか。
   
東九条マダンは、民衆文化運動と何の関係もないのではないか。
    
東九条マダンは、大韓民国や朝鮮民主主義人民共和国とすら何の関係もないのではないか。
   
東九条マダンは、在日韓国朝鮮人とすら何の関係もないのではないか。
   
東九条マダンは、東九条とすら何の関係もないのではないか。
   
いや、もちろん関係はある。
   
関係なくはない。なくはないが、…
   
「何か」を参照にして東九条マダンの事を考える時、その何かと東九条マダンとの関係が無いように「感じて」しまう。
   
だが東九条マダンのことを考えるとまるで、世界からぽっかり東九条マダンだけが宙に浮いているような感覚になるのだ。
   
当初平山が連載後半で書こうとしていた構想はこうだ。
   
①東九条マダンが梁民基さんが輸入していきた「民衆文化運動」が根本の思想としてある。 それは韓国での「下から上」への「垂直」の抵抗運動としての「民衆文化運動」を日本に輸入した際に「在日も日本人も同じ「民衆」だから一緒に「まつり」をする」という「水平」の連帯運動としての「民衆文化運動」となった。
   
②だがそれは「二階」の世界の水平方向であったために、東九条地域「一階」の世界の人間と連帯が起きることは無かった。 その「空回りする民衆文化運動」が外からは「多文化共生のまつり」に見えた。それが「多文化共生のまつり東九条マダン」である。
   
━ここまでは連載前半での構想である━━ここから先が後半で構想していたこと。
   
③しかし、それは本当に「民衆文化運動」だったのだろうか?いや、それは「民衆文化運動」とは似て非なるものである。 何故なら、韓国では「民主化運動」「民族運動」「民衆(文化)運動」は不可分に連動した運動だったからだ。その中から「民衆文化運動」だけを取り出すこと自体が不可能な事である。
   
④故に「東九条マダン」は「民主化運動無き民衆文化運動」「民族運動無き民衆文化運動」そして「民衆運動無き民衆文化運動」であり、もはやそれは「民衆文化運動」と呼ぶべきものではない。 韓国での「民衆」と、東九条マダンや民衆文化碑ハンマダンで言われている「民衆」はその重みも思想も具体的な実践においても、全く異なる別の何かである。
   
⑤東九条マダンは「まつり」と書くが「祭り」とは書かない。なぜならそれは宗教的な「祭事」ではないからである。 東九条マダンは「祭り」ではなく「イベント」であり「コスプレ」である。その「軽み」は東九条マダンの良さであるのだが、その「イベント性」や「コスプレ性」が排除しているのは「死者」である。 「祭事」ではない誰もが参加できる「まつり」であるが故にその「誰も」からは「死者たち」が排除されている。「死者性」が排除されているがゆえに「下から下」という「垂直性」が形成されず、「一階」と「二階」は連動しない。 そして「死者性」が無いということは「他者性」もそこには生じないが、東九条マダンに他者性が無いということはない。だが東九条マダンに明確な他者がいるわけではない。
   
⑥「民衆」とは「死者性」のことである。「死者無き民衆」は大衆であって、断じて民衆と呼ぶべきものではない。 であるがゆえに死者を排除している東九条マダンを「民衆文化運動」と呼ぶのはそもそもが欺瞞である。 東九条マダンが「民衆文化運動」を持ち出すのは日本において「在日が日本人と共にまつりをやるため」の方便であり、何故そのような方便が必要だったのかは当時の日本の社会および在日韓国朝鮮人の状況を検証してみる必要がある。
   
⑦東九条マダンに関わる者たちが東九条地域住人や在日韓国朝鮮人を著しく侮蔑し差別するような表現や活動をするのは何故なのか。 それは「在日も日本人も共におなじまつりをつくる」ための「民衆」という「方便」や「欺瞞」が「死者無き多文化共生」「死者無き東九条マダン」となり、 その「死者性の無さ」が「他者性の無さ」となる時、東九条の「外」から来た「二階」の者たちが東九条地域住人やその歴史を著しく踏みにじるような表現や活動を平気でしてしまうということになるのではないのか。 また東九条マダンに大きな影響を受けたと公言する浜辺ふうが在日韓国朝鮮人を不当に差別し侮辱するような表現活動を続けるのは、 この「東九条マダンにおける死者性の無さ=他者性の無さ」に影響を受けたのではないか。 そして死者性を排除している東九条マダンが「東九条」と自称しているのは死者性の収奪なのではないのか。
   
⑧今後「東九条マダン」は、その「みんな」の中に「死者たち」を含めた「祭り」としての方向を強めるのか、もしくは例えば「京都マダン」として完全に「死者性」を消し去って在日のコスプレをする「多文化共生イベント」になるのか。 つまり「土着化」か「多文化共生化」か、どの方向に進むのかを選択せざるをえないが、現状「多文化共生化」に進むのだろう。
   
⑨であるがゆえに東九条マダンは東九条とも在日韓国朝鮮人とも何の関係も無い「根無し草」の故郷喪失者たち、つまり「死者無き現代人」にとって必要不可欠な「まつり」となるだろう。 であるがゆえに土着の東九条地域住人からは遠い「まつり」にますますなっていくだろう。
   
⑩だが「根無し草」の集いであるにも関わらず東九条マダンが「虚無化」しないのは…
   
という構想をしていた。この構想はあながち間違いではないと思う。 だから詳細な検証をすべく東九条マダンに接続する歴史を学ぼうと、韓国の歴史、思想史、民主民族民衆運動の歴史、他さまざまな本を読んでいたのだが、 だが、読めば読むほど、韓国の歴史、思想史、民主民族民衆運動の歴史は東九条マダンと何の関係も無いのではないか、 そしてもはや在日韓国朝鮮人や東九条とすら関係がないのではないのかという想いが強まってきた。
   
いや、もちろん、
   
関係なくはない。なくはないが、…
   
うーーーーん…
   
そう、
   
関係なくはない。なくはないが、…
   
関係なくはない。
   
いや、
   
関係なくはない。なくはないが、…
   
関係あるわけではない。
   
でも、
   
関係なくはない。なくはないが、あるようで、ないような、あるようで、ないような、
   
とこの煩悶がここ数カ月ずっとあった。
   
最近ようやく気が付いた。
   
これは、もしかして、
   
この「関係なくなはい。なくはないが、…」
   
という「構文」が東九条マダンなのではないのか?
   
この「関係なくなはい。なくはないが、…」は、平山が東九条マダンに参加してからずっと感じていた「感覚」だ。
   
東九条マダンに参加していても、何か自分自身の心身としっかり噛み合う感覚がない。もちろん楽しいし、学ぶことも多いのだが、何か噛み合わない。
   
東九条マダンとは一体何のまつりなのだろうか?
   
平山は5年がっつり参加しても、よくわからなかった。
   
在日のまつりでもない、東九条地域のまつりでもない、もちろん、日本人のまつりでもない、厳密に言えば多文化共生のまつりでもない、民衆文化運動のまつりでもない。
   
東九条マダンは、「何のまつりでもない」。
   
だが、「関係なくはない」のだ。
   
東九条マダンは、「在日と関係なくはない。無くは無いが…」「東九条地域と関係なくはない。無くは無いが…」「日本人と関係なくはない。無くは無いが…」 「多文化共生と関係なくはない。無くは無いが…」「民衆文化運動と関係なくはない。無くは無いが…」
   
と、この「関係なくなはい。なくはないが、…」構文によって表現される総体が「東九条マダン」である
   
「肯定形」でも「否定形」でも「矛盾系」でも顕せない構文。「宙形」構文で表現される「まつり」。それが東九条マダンである。
   
そしてこの「宙形」構文を保つことこそが、「根無し草」でありながら「虚無化」しないための構えや姿勢なのかもしれない。
   
というのが平山の東九条マダンにおける「解」であり「解(プリ)」である
   
そう、東九条マダンに「恨(ハン)」は無い。「恨(ハン)」は無いが「解(プリ)」はある。それが東九条マダンの「宙」の「空」である。
   
連載後半はその東九条マダンにおける「宙」について検証しながら東九条地域、在日、死者無きこの社会について考えてみたいと思う。
   
だが平山にとって東九条マダンは必要ない。「関係なくなはい。なくはないが、…」という「宙」構文のまつりは平山には必要ない。 だが、これからの社会に東九条マダンは必要であると、平山は思う。それは「根無し草のまつり」として、東九条マダンは必要であると思っている。 あるいは、「在日日本人」のためのまつりとして東九条マダンは必要だと思っている。さらにひねくれた言い方をするなら「在日在日韓国朝鮮人」のためのまつりとして必要だと思っている。
   
であるが故に、平山には必要のない「まつり」だ。何故なら平山は「根無し草」ではないし、「在日日本人」ではないし「在日在日韓国朝鮮人」ではないからである。 平山は「在日韓国朝鮮人」である。「在日韓国朝鮮人」にとって「東九条マダン」は必要が無い。そのことをおれは薄々感じていたが、韓国の歴史、思想史、民主民族民衆運動の歴史を読んで、それは確信に変わった。 だが何故その平山には必要のない「まつり」のことを真剣に考えるのかというと、それは必要無いが故に平山にとっては「他者」だからである。
   
「他者」を「他者」だと認識することこそが、世界の再生への第一歩だからである。
   
東九条多文化共生エリアは「虚無」である。そこには他者性も死者性も無い虚無だけが穴を開けている。
   
東九条マダンは「宙」である。死者性は無いが、かろうじて他者性がある。「関係なくなはい。なくはないが、…」という他者性が。
   
天の祭でもない地の祭でもない、人の祭でもない、宙のまつり。
   
その「宙のまつり」が東九条死者無き多文化共生の行方、を決めるだろう。
   
では、東九条マダンについて書いていこう。



   


   



    

   

    

2026年4月25日

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