『東九条、死者無き多文化共生の行方 ≪36≫』

「読むことができない本」

   
   
  「あかんあかん!逆逆!!こっち走ったらあかんで!!」
   
 今日(2026年5月2日土曜日)、河原町通の車道の自転車通行帯を走っていると前からレンタルサイクルに乗った外国人観光客の方が道路を逆走して正面から平山に突っ込んでくる。 平山は英語がしゃべれないので、こういう時は大げさな身振りとともに日本語で伝えるが、何となく意味は伝わるもので、事なきを得た。 この件は偶然なのだが、相通じることばを持たない者、つまり全き「他者」が前から突っ込んできた。 その後、コンビニに入ると、狭い通路にこれまた外国人観光客の方が通路を塞ぐような形で買い物をしていたので迂回してレジにいく。またもや「外国人観光客」という相通じることばをもたない「全き他者」が平山の「前」に立つ。
   
他者、他者、他者、全き他者が目の前に現れる…。
   
 夕方、注文していてた古本が届いていた。封を開けると、表紙がハングルである。驚いてページをめくるとやはり全てハングルで書かれている。 韓国で出版された書籍を日本語訳されたものを注文したつもりだったのだが、原著が届いていた。あわてて商品ページを見てみるとちゃんと「韓文」と書いてある。 注文時に平山が見落としていたのだが、またもや「全き他者」が目の前に現れた。 平山は在日韓国人だが朝鮮語は全く読み書き会話もできない。平山にとって韓国は「全き他者」である。この本は全き「他者」として平山の前に現れたのである。 事情を説明して返品しようかなとも考えたのだが、例え読めなくても、いや、読めないからこそ、「全泰壱 評伝」、この本を返品することはできない。
   
以下引用━━━
    
一九七〇年一一月一三日一時三〇分頃。準備したプラカードが警備員との奪い合いで破れてしまうと、全泰壱はとうとう計画を決行してしまう。 ガソリンをかぶった体にマッチで火を点け、彼は勤労基準法の本もろとも自ら「火刑式」に処せられたのである。 燃え続けながらもスローガンを叫び、三分ほど経った後で、ようやく火は消し止められた。
   
━━━引用以上
   
真鍋祐子 「烈士の誕生 韓国の民衆運動における恨の力学」 平川出版社 p84より引用
   
平山がこの連載を書くために韓国の民主化運動のことを調べるにあたってまず初めに読んだ本が真鍋祐子さんの「烈士の誕生 韓国の民衆運動における恨の力学」である。 ネットにあった高正子さんの論文に参考文献としてこの本が上がっていたので読んだのだが、凄絶だった。この連載のタイトルは「東九条、死者無き多文化共生」だが、韓国の民主化運動には「死者」がいる。 死者が運動を動かし、社会を動かし、変えていく。 この本に出てくる全泰壱。幼少期から壮絶な貧困を体験しながら、家族が何度もバラバラになりながら、 優秀でありながら勉学の道を絶たれ、劣悪な環境で労働しながらも社会運動に目覚め、1970年、抗議の焼身自殺を遂げる。
   
「僕たちにも大学生の知り合いが一人でもいたら、それでデモのやり方をちょっとでも教わることができたら、願ってもないことなんだが……」と願っていた全泰壱の「労働基準法火刑式」がきっかけとなり、 当時の韓国の劣悪な労働環境が社会問題として認識され、それまで学生運動に限定されていた民主化運動は労働運動と結びつくことになる。 全泰壱の「労働基準法火刑式」はその後の民主化闘争に大きな影響を与えた。そして全泰壱の影響を受けて抗議の自死する者が続き、その死者たちが民主化運動をさらに突き動かしていく。 死してなお社会を生かす。その力にあまりにも烈しい生を感じざるをえない。
   
運動によって自死した者たちは「烈士」と呼ばれる。真鍋祐子さんのこの本は
   
以下引用━━━p9
   
ともあれ、このような非業の死が積極的に選択され受容される状況、ある象徴的な死が社会変革の起爆剤になってきたという歴史的な経緯、また〈烈士〉という観念それ自体、 当該社会の死生観とも決して無縁ではないように思われる。 ゆえに本稿の目的は、韓国の、特に「運動圏」(ウンドンクォン)における死の取り扱いを分析することによって、ある無念の死がどのような形で昇華され、 さらなる能動的な力を生むのかという問いに対し、≪烈士≫の誕生と生成過程を中心に考察する点にある。
   
━━━引用以上
   
とある。まさしくこの連載における平山の問題意識と重なる事が書かれているのだが、 当然韓国の70年代80年代における民主化運動における「死者」と現在の東九条地域における「死者」とではその社会的状況も問題も異なるものであってこれを単純に「死者」ということばで重ねることは慎まなければならない。 だが、この本を読んで平山から涙が流れるのはそこに「無念」があるからである。そう、「無念」なのだ。そしてその「無念」を受け取り引き継ぐ「生者」がいる。 「無念の死者」が、あるいは「死者の無念」が生きる者を突き動かす。これは当時の韓国も平山も変わらない。
   
平山が問題にしている東九条多文化共生エリアには「無念」が無い。それは当然だろう。東九条地域の「外」からやって来た人に、東九条での「無念」があるわけがない。 だから分かり合えない。そもそも彼女彼らは何故おれが激烈に怒っているのかすらわからない。もうこれはある意味仕方がない。「無念」という共通の「歴史感覚」が無いのだから。 そして東九条マダンにも「無念」は無い。だから東九条地域「一階」の人間は東九条マダンに興味すらない。 「無念」それを朝鮮語で「恨(ハン)」と言い換えてもいいが、東九条多文化共生エリアにも東九条マダンにも「恨(ハン)」は無い。だからそれを「在日のまつり」だ「朝鮮の文化」だと言われてもおれはそうは思わない。 「恨(ハン)」の無い朝鮮の文化は朝鮮のコスプレイベントである。
   
平山が東九条「一階」の底辺層の出身だといえど、平山は全泰壱のような絶対的貧困を体験したわけではない。むしろ恵まれている方だろう。だけど全泰壱のことばにある無念は痛いほど感じる。
   
「どれほど孤独でなくてはならないのか、僕の一部よ?どんなに可哀そうな現実の敗者であることか?どんなに身の毛のよだつ、社会の一色であることか?」
   
「こういう現実の中から落ちこぼれたぼくなんだ」
   
という全泰壱の描いた文章。最初の文章は全泰壱が工事現場で一緒に働いたある人夫のことを描いた文章だが、この情景は大学を出た「二階」の人間なら「疎外」と言って済ますだろう。 だが、「疎外」という専門用語を知らない全泰壱にとっては「どれほど孤独でなくてはならないのか、僕の一部よ?」であり、「どんなに身の毛のよだつ、社会の一色であることか?」であり、 「現実の中から落ちこぼれたぼく」である。 このことばは詩である。無念に根付いた身体から咲いた詩である。この文章≒詩を読んだとき涙が止まらなかった。 このことばが出てくる人は、本当に無念を生きた人だからである。 優秀な人間であり、学問への意志がありながら貧困や家族の荒廃によって学問を断念させられ劣悪な環境の中で労働することになり、 その後労働運動に目覚め、劣悪な労働環境を改善するために動くも、うまくいかず世界から拒絶され続ける人生は無念の連続だっただろう。だから
   
「僕たちにも大学生の知り合いが一人でもいたら、それでデモのやり方をちょっとでも教わることができたら、願ってもないことなんだが……」
   
という全泰壱のこのことばは蜘蛛の糸すら降りてこない地獄で発せられたことばであることがわかるだろう。 そして事実この「僕たちにも大学生の知り合いが一人でもいたら、」ということばが学生たちのこころを撃ち、学生たちは積極的に労働者の現場に降りてゆき、 その後の民主化運動において学生が労働者との連帯を強めていく大きな力となるのである。 そうして「一階」の労働者も「二階」の学生も同じ軍事独裁政権に抵抗する下から上の垂直軸の「民衆」としての連帯を実現することになる。 そう、全泰壱の「願い」は叶ったのだ。自らを「労働基準法火刑式」に処することによって。
これはおれの憶測でしかないけれども、全泰壱は絶望して抗議の焼身自殺をしたわけではない。 きっとその「無念」を「願い」を引継いで叶えてくれる者がいるという「希望」があったからこそ自らを「労働基準法火刑式」に処したのではないだろうか。 全泰壱は世界から拒絶され続けても、全泰壱自身は世界を受け入れていたのではないのだろうか。だからそれは自殺ではなく「火刑式」なのだ。 全泰壱は「死体」ではなく「死者」となった。だからこそ全泰壱は死んだその後も民主化運動を「生かし」続けたのだ。
   
その「死者」が「読めない本」という「他者」として今日、おれの目の前に現れた。おれが読むことができない、ハングルで書かれた「全泰壱 評伝」。 どんな人も物も事も本も、他者性を帯びているものだが、「読めない本」とは「絶対的な他者」である。 その「絶対的な他者」とはまさに「死者」のことであって、「全泰壱 評伝」はまさに「死者=絶対的な他者」としておれの目の前に現れた。
   
もちろん、読めない。だけどこれでいい。全泰壱が「死者=絶対的な他者」としておれの目の前に現れてくれたということだけでいい。
   
ことばで意思疎通できなくても、読めなくても、この本が、おれを生かしてくれる。
   
死者が、おれを生かしてくれる。
   
読むことが出来ない絶対他者だからこそ、絶対他者がおれを生かしてくれる。
   
本来、今週は前回の続きを書く予定だったし原稿も完成していたのだが、今日、他者が、死者が、絶対他者が顕れたのならばそれを書かねばならない。
   
偶然は続くもので、本の代金を銀行に振り込みに行った帰り、家の近くで多文化共生エリアのある人物と出会った。 またもや「他者」が目の前に現れた。以前この人とは真剣な話し合いをし、多文化共生エリアの中でもちゃんと話し合いができる人物である。 仲間数人とどこかで飲んだ帰りなのだろう。上機嫌で赤らめた顔が夜に映える。「おお!平山くん!」「おお!〇〇さん!」とお互いの名前を呼び合ってハイタッチして通り過ぎた。 多文化共生エリアからはおれは敵なのかもしれないが、おれは多文化共生エリアを敵視しているわけではない。ただ他者消去を止めろと言っているだけである。そう、敵に見える目の前の人物は敵ではなく、他者なのだ。
   
他者はいつも敵に見える。でも敵が他者となったなら、ハイタッチくらいはできるようにはなるのだ。
   
仲良くする必要は無い。嫌いなままでいい。
   
だけど、「敵視」するのではなく、「他者視」しなければならない。
   
他者性を失って他人が敵になる時、人間は人間でなくなり世界は壊れる。
   
戦争は人間が「他者」ではなく「敵」になることから始まる。
   
他者消去は戦争のはじまり。他者消去は虐殺のはじまり。
   
敵を他者にすること、敵ではなく他者になること、それが世界再生の第一歩である。
   
そしてそのためにはやはり死者が必要なのだ。死者とは「絶対他者」であり、この「絶対他者」こそが人間を他者化するからである。
   
全泰壱を始め、韓国の民主化運動の中で抗議の自殺者が多数顕れたのは、この「死者性=絶対他者」の復活のためではなかったのだろうか。
    
何故なら巨大な力をもつ軍事独裁政権がやったことは「他者消去」「死者消去」だからである。
   
軍事独裁政権や圧倒的な貧富の格差や階級という巨大な「他者消去」に抗うためには自らが「死者=絶対他者」となることでこの世界に数多の「他者」を復活させることが必要だったのではないのだろうか。 だからそれは自殺ではなく、全泰壱においては「労働基準法火刑式」という「儀式」であった。 そして1987年、朴鍾哲拷問致死事件の抗議デモ中に催涙弾が直撃し非業の死を遂げた延世大学生の李韓烈の死に際し挙行された「民主国民葬」という儀礼はそれを「他者消去」的な死にさせず、 「死者=絶対他者」として生かすための儀礼ではなかったか。
   
自殺というのは究極の「死者=絶対他者」再生儀礼であり、かつその「無念」を受け取ってくれる「生者」がいなければその再生は叶わない。「無念」はルサンチマンではない。それは、愛だ。 かつて世界を愛した、という愛だ。それは実を結ばなかった愛であり、かたちにならなかった愛だけど、世界を愛したというその愛は本物の愛であり、その愛が本物だったからこそ「無念」としてこの世界に残る。 偽物の愛は無念にすらならない。
   
在日韓国朝鮮人は「無念」の人が多かった。一世二世は特にそうだろう。だけどその「無念」とは死者とのつながりでもあった。そのつながりは確かに「呪い」であったし逃れられない「運命」だった。 だけどその「運命」が、「呪い」が、「無念」が死者を在らしめ「他者」を在らしめ、わたしを「人間」として在らしめていた。死者の無念こそがわたしを人間として在らしめていた。 だからそれは呪いじゃない、愛だ。無念じゃない、愛だ。
   
おれは全泰壱に愛しか感じない。たしかにその人生は悲運だったし無念無念無念の堆積の人生だっただろう。呪いのような人生を生きた人だった。だけど全泰壱は最後まで世界を愛したのだと思う。 「労働基準法火刑式」は、世界に拒絶され続けたけど、自分は最後まで世界を愛し続けた人のあまりにも烈しい愛だった。
   
東九条はその呪いのような運命から逃れたくて多くの人が出ていった。東九条出身だということを隠して生きている人もいる。その気持ちもよくわかる。確かに狂っていたし、暴力はあったし、クズもたくさんいた。 だけどおれはこの地に愛を感じる。それは無念という現れ方をしていたけど、たとえそれが無念だったとしてもそれは愛だ。きちがいもいた、暴力もあった、クズもいた、だけど確かにそこには無念という愛があった。 かつて東九条は確かに死者とつながっていたのだ。
   
平山のような朝鮮語の会話も読み書きもできない在日韓国朝鮮人にとって「韓国(朝鮮)人」とは「絶対他者=死者」そのものである。 自身のルーツが「絶対他者=死者」に直結している。だから実は在日は根無し草だからとか差別されるからそのこころが不安定なのではなく、あまりにも「死者=絶対他者」に近いからこそ不安定であり狂気をまとうことになる。 「読むことが出来ない本」がずっとこころの中心にある状態である。だからといって朝鮮語を勉強してそれを「読むことができる本」にすることに大した意味はないだろう。 それは所詮第二言語にすぎないしそんな勿体ないことをする必要は無い。「絶対他者」を直接生きることが出来るという僥倖とともに生まれたのなら、その運命を生ききればいい。 とはいえ、「絶対他者=死者」を直接生きるというのは、狂うか、死ぬか、破滅するか、逃げるか、シャーマンやムーダンになるかしかない。ほとんどの人は逃げた。それでいい。 だが、「絶対他者」から逃げ切れる者などいない。
全泰壱もそのこころに「読むことができない本」を抱えたまま「絶対他者」を生き、「死者」となった人である。全泰壱が「労働基準法火刑式」において「勤労基準法」の本を抱いたまま自らに火を点けたのは象徴的である。 全泰壱にとって「勤労基準法の本」は「読まれることのない他者」「守られることのない他者」だったのだが。
   
その愛が報われずとも、実を結ばずとも、かたちにならなくとも、世界を愛する事だけは、断念してはならない。
   
今目の前にある、「読むことができない本」。「絶対他者」そのものである本。「死者」そのものである本。
   
この本を胸に抱いて、連載後半、書いていきたいと思う。
   
絶対他者を生き切ってやる



   


   



    

   

    

2026年5月03日

戻る