【「警察呼ぶぞ。」】

在日韓国朝鮮人に対して差別的で著しく侮辱的な表現活動をする者に対して怒り狂って抗議するおれに対して「警察呼ぶぞ」という言葉で脅してきたオッサンがいた。 おれがビビると思ったんだろう。浅はかな。怒り狂った人間一人、己の度量と器量と身体で収めらない奴が多文化共生なんちゃら言ってんだからちゃんちゃらおかしい。 だけどこのエピソードは多文化共生というものの実態が一体何なのかを浮かび上がらせていて興味深い。 このおっさんのしようとしたことは、「人種差別に抗議する当事者を公権力の暴力装置を使って黙らせようとしたこと」である。 このおっさんは、民草の側の人間ではなく、権力側の人間なのだ。そのような人物が、多文化交流だ多文化共生だなんだと地域で活動することの如何わしさと醜悪さ。 でもこれはある意味当然で、多文化共生は行政や権力と相性がいい。相性がいいというか、実は多文化共生とは行政や権力にとって都合のいい多文化共生でしかない。 予算のついた多文化共生ならなおさらそうだろう。だから行政や権力にとって都合の悪い人間は多文化共生からは排除される。
 「警察呼ぶぞ。」この一言を放った時のあのおっさんの醜悪な顔。 「呼べや。警察呼んだらええやんけ。」とおれが言い返した時のおっさんのビックリしたような顔。 警察て言ったらおれが怯むと思ったんやろ。暴力装置振りかざしたらおれが屈すると思ったんやろ。 このおっさんは図らずも自分が支配する側の人間であること、被差別者を弾圧する側の人間であることを「警察呼ぶぞ」の一言で告白したのだ。 このおっさんはもう終わった。人間として終わった。「警察呼ぶぞ」の一言でおっさんがおっさん自身の人生を否定し、終わらせた。悲しい瞬間に立ち会ってしまった。 この瞬間、おっさんは人間ではなく、何かの手先に成り下がったのたから。手先になってしまえば人間として生きることはできない。おれは人間でいたい。

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