【連載『東九条、死者無き多文化共生の行方≪2≫』】

【東九条とは何なのか、誰なのか その1

 「それ」を見た時に、血の気が引いた。自分の目の前にある「それ」は、ド真ん中の差別そのもので、なぜこんなものが作られたのか、 そして、なぜ関係者はだれも「それ」が差別であることに気が付かなかったのか。怒りを悲しみが一気にこみあげてくる。 それはまるで自分の親類の家に火を着けられたかのようなショックだった。大学も出て、教養があって人権意識が高いはずの人たちが、なぜこれが差別だと気が付かなかったのか…。 いろんな思いが駆け巡る。
   
昔、「ヤッホーのおじさん」という人が東九条にいた。 おれはヤッホーのおじさんが大好きだった。小学生のころ、夕方ころ家にいると、河原町通の北の方から大きな、 きもちのいい声で「やーーーーーーーーーーっほーーーーーーーーーーーー」と聞こえてくる。 やっほーのおじさんはいつも上半身裸で瓶ビール片手に自転車に乗って北から現れ「やっほーーーー」と叫びながらやってくる。 陽気なおじさんで、家のベランダから「やっほーーーー」と叫び返すとおじさんは嬉しそうに「僕ーーー!!ありがとうーーー!!」と叫び返してくれる。 みんなやっほーのおじさんが好きだった、と思う。ヤッホーのおじさんは河原町通りを南下して松ノ木団地の酒屋へ行く。 松ノ木団地の中の公園でいつも瓶ビールをにこにこしながら飲んでいた。 だけどたまにヤッホーのおじさんは荒れ狂う時があり、その時は何か叫びながら、泣きながら瓶ビールを公園の地面に叩きつけて粉々にしていた。 陽気なヤッホーのおじさんと悲しく荒れ狂うやっほーのおじさん。その同じ人物が表現する極端な陰と陽にこどもながらにとても共感を感じていた。 「ヤッホー」と叫ぶ「陽」と叫び狂いながらビール瓶を叩きつける「陰」に通底するのは「悲しみ」だ。 ことばにできない悲しみを抱えて、当時の東九条の人たちは生きていた。ヤッホーのおじさんだけじゃない。 みんな叫ばざるをえなかった、狂わざるをえなかった。ことばをもたないが故に。
   
だからそれを見た時に血の気が引いた。「それ」は某研究者が中心となって作った東九条のボードゲームだ。 そのボードゲームにヤッホーのおじさんが登場している。そしてヤッホーのおじさんは動物の姿で描かれていた。 ヤッホーのおじさんだけではない。その東九条のボードゲームに出てくる東九条地域住人は動物の姿で描かれていた。 静かな怒りと悲しみが全身に満ちる。特定の属性を指定して、その集団を動物の姿で描くのはド真ん中の差別であり、侮辱だ。 ましてや「叫ばざるをえなかった」やっほーのおじさんをボードゲームのネタとして消費していいわけがない。
  
このボードゲームつくりを主導したのは大谷通高という研究者で、ボードゲームが完成する以前から東九条地域に対して危うい発言をしたり、 デタラメでインチキな論文を書いて助成金を得たりしていたので平山が激しく抗議をしていた人物だ。平山からの直接の、またメールによる抗議に対して
 
>「自分はゲームやゲームの制作過程を研究しているのであってゲームそのものを制作しているわけではない。だからゲームの内容には責任はない。」  
>「大谷のゲーム研究は、製作過程やプレイ体験そのものの研究であり、きわめてメタ的な視座に準拠しています。( だからゲームの内容には責任はない。 )」  
> このゲームを見て、平山さん個人の中で、「ヤッホーのおじさん」が登場していることが「人権侵害」であるという思いを抱かれた、ということで、 そこには、平山さんの「ヤッホーのおじさん」のことやそのことにまつわる東九条での経験が、平山さん個人のなかで対象化され再枠付けされた、ということを意味します。 このゲームを通して、平山さんが、ご自分の中で「東九条の地域性や、その地域に関わる人たちがどのように生きてきたか」について、リフレーミング(再枠付け)された、ということです。
  
等等の回答があった。この不誠実でかつ学術用語を自分の都合のいいように乱用する倫理観の欠片も無い行為には絶句するしかない。何がリフレーミングだ。ふざけんなよ。 さて大谷通高の論文の何がインチキでデタラメかの詳細は書籍版に掲載するが、 東九条という地域におけるひとつの問題として、このように東九条に縁もゆかりもない外からやってきたアカデミアが、不誠実で非倫理的な活動をして、 東九条地域住人を踏みにじり、傷つけ時に収奪して、去っていくという問題の一例として大谷通高の事例を書いた。 勿論、こんなひどい研究者ばかりではない。まじめで誠実な活動をする人もいる。
  
東九条という地域を通り一辺に書くならば、戦前から在日朝鮮人の集住地域で、被差別部落出身者もいる。 差別と貧困の問題を抱え、昔は暴力も多発していた。 最近では京都市の政策として、東九条の北東部をアートエリアにすべく、チームラボを誘致したり、隣接する崇仁地域には京都市立芸術大学が移転してくるなど、 街の風景はずいぶん様変わりしてきたが、それは実際に地域で生活する住人を無視した再開発であり東九条という地域自体がジェントリフィケーションされつつあるという問題を抱えている。 また、社会福祉法人カトリック京都司教区カリタス会が事業委託された「多文化交流ネットワークサロン」http://kyotonetworksalon.jp/index.htmlがあり、 京都市の政策「多文化が息づくまち・京都」https://www.city.kyoto.lg.jp/sogo/cmsfiles/contents/0000164/164035/09.pdfの実現に向けた事業を行っている。
  
とても大雑把でざっくりした書きかたをするが、東九条という地域はこの「多文化共生エリア」と「それ以外のエリア」に分けることができる。 平山は「それ以外のエリア」の住人である。平山がこの三年ほど直面し続けてきた「問題」は全てこの「多文化共生エリア」で起きている。 前述のボードゲームもそう。そしてこれから書く某劇団の事件もそう。東九条の多文化共生エリアで、何故か東九条地域住人が侮辱され差別されるような異常な出来事が起き続けている。
 
もちろん平山は多文化共生という取り組みを否定しないし、多文化共生はこれからの社会に必要なことだと思っている。 だけど、この人権意識も高く、教養があって共感性の高い高学歴の善人の集団が、なぜか、地域住人を動物の姿で描くということがド真ん中の差別だということに気が付かない。 この醜悪なボードゲームを地域のこどもに遊ばせたという出来事があったので、 その件に関して平山は多文化交流ネットワークサロンに抗議を入れているが、多文化交流ネットワークサロンは無視。何の対応もしない。なぜなのか? 非常に興味深い
  
多文化共生とはおもしろいことばで、「文化」なのだ。多人種共生ではない。単なる「共生」ではない。 「多文化」だ。だから「文化」を持たない者は、多文化共生からは排除される。多文化共生は「文化」を持つ者であることが前提となる。
  
では、やっほーのおじさんはどうだろうか。多文化共生のなかまにいれてもらえるのだろうか?
  
平山はどうだろうか?多文化共生のなかまにいれてもらえるのだろうか?
  
少なくとも平山は「文化」なるものは持っていない。
  
ことばをもたなかった者たちの末裔であるがゆえに。
  
叫ぶしかなかった者たちの末裔であるがゆえに。
  
沈黙するしかなかった者たちの末裔であるがゆえに。
  
であるがゆえに、おれは文化をもたない。
  
叫ぶことしかできない者、沈黙することしかできない者、「文化」以前を生きる者は多文化共生からは排除される。
  
だけれども、東九条という地域は叫ぶことしかできない者、沈黙することしかできない者の、ことばをもたざる者たちがたくさんいた。今もまだいる。
  
東九条の外からやってきた人権意識も高く、教養があって共感性の高い高学歴の善人たちの「多文化共生」は、ことばを持たない者たちと手をつなぐことができるだろうか?
  
多文化共生は、狂気をだきしめることが、できるだろうか?
  
続く。

  

2025年8月4日

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