「わたし」が悩みや問題を抱えている時、身体は硬直する。その悩みや問題が解決すると、身体の硬直は解け、身体はゆるむ。
しかしその「わたし」に由来する硬直や解放とは全く関係なく、身体は身体のリズムで勝手に硬直とゆるみを繰り返している。波のように。
「わたし」の悩みがあまり無い時はこの身体自身に由来する身体の変化を認識しやすいが、「わたし」が悩みや問題に夢中な時はこの身体の自然な変化を認識しにくい。
ケースにもよるが、身体自身が自然に硬直し、反転して勝手にゆるみだす時に「わたし」の悩みや問題に由来する硬直もいっしょにゆるめて解放してくれる時がある。
この時「わたし」が自身の悩みや問題に拘りすぎているとそのゆるみや解放は起きないのだが。
だから極論してしまえば、「わたし」の問題や悩みなど放っておけば勝手に身体がゆるめて解放してくれる、ということになる。
その場合身体の自然な硬直と解放のリズムに「乗って」なければそれは起きないのだが。
でも、「問題」はあってもその拘りはいつでも手放せるという心構えでいるとそれは起きやすい。
ということを書いておきながらおれのように拘りが強いタイプはなかなかそれは難しい。
だけど自力本願ではどうしようもない時はやはり身体=自然という他力にまかせるしかない時もある。
そもそも身体のリズムに完全にゆだねて生活するなら「わたし」の悩みや問題自体が起きないのだが、この社会を生きる限りそんなことは不可能で、
やはり「わたし」という自我を生きざるを得ないのだが、だが、最終最後に「わたし」を助けてくれるのは「わたし」ではなく身体である。
20250827記す