【連載】 『東九条、死者無き多文化共生の行方≪12≫』

東九条とは誰なのか、何なのか? その5

「大阪公立大学 特任教授 中川眞 「アートによるまちづくりに抗する地域住民とアートコーディネーターの協同」の研究成果による東九条歴史捏造事件」

  
  
本連載『東九条、死者無き多文化共生の行方』において、 平山は、東九条の外からやって来た研究者が東九条についてちゃんと調べもせず適当なことを書いて自分の実績つくりをして助成金を得て去っていく、 つまりアカデミアによる東九条地域の「植民地化」が行われているというという事を書いてきたが、 それに類するひとつの事例を書きたいと思う。 「植民地化」をするアカデミアは次に必ず東九条地域への「差別表現」や著しい侮辱をするようになる。 本来なら連載前回の続き、多文化共生系レイシスト 浜辺ふう 山崎なしによる「劇団九条劇」について。 その②を書く予定だったが、つい最近起きた出来事でこのアカデミアが次のステップである「差別表現」に踏み込む前に、警鐘の意味も込めてこの話を書くことにする。
   
どの世界でも、不当な「歴史修正」は必ず「差別」に至る。そして「差別」は「社会」を壊す。「社会」が壊れて「  」となる前に。
  
 ここに一冊の本がある。つい最近、知人から借りた本。「人らしく生きる」というタイトルの本。巻末から引用する。
  
以下引用━━━
   
2025年9月20日発行 
   
監修:中川眞
著者:朴清子
インタビュアー:蒔田直子
イラスト:浜辺ふう
   
≪略≫
   
制作協力:一般社団法人HAPS,≪略≫
   
※本書は文部科学省科学研究費挑戦的研究「アートによるまちづくりに抗する地域住民とアートコーディネーターの協働」(代表 中川眞)の研究成果の一部として刊行されました。
   
━━━引用以上
   
著者の朴清子氏とは、東九条の著名な活動家の朴実氏のパートナーであり、この本は朴清子氏の書いた文章とインタビューを通してその半生を振り返るような内容である。 東九条を生きた方の貴重なひとつの「物語」であり、東九条という地域や在日韓国朝鮮人の人生に関する貴重な証言でもある。ただしこの本の内容は東九条の「多文化共生エリア」に限った話であるが。
   
当然であるが、「これが本当の東九条だ」なんてものは無い。 東九条に住んだ者、東九条に関わった者の数だけの「東九条」がある。 だからこそ地域の「根付き」の人間は東九条について沈黙するわけだが、その沈黙を不躾に破るのはいつも外から来たアカデミアやアーティストである。
   
さて、本書p184のこの本の監修者である中川眞のあとがきから引用する

東九条

   
以下引用━━━
   
あとがき
   
中川眞
   
 私は文部科学省の科学研究費の助成を得て、二〇二三年から「アートによるまちづくりに抗する地域住民とアートコーディネーターの協働」というタイトルの研究を始めました。 この研究の対象地域は京都市下京区の崇仁地区と南区の東九条地区です。元同和地区である崇仁地区は一六世紀前半の六条河原の処刑場を発祥とし、皮革産業を生業の核としてきました。 東九条地区はその南側にあり、第二次世界大戦後に韓国、北朝鮮から労働のために移住してきた家族が集住しており、在日外国人ということで偏見や差別を受けてきました。 両地区は社会的外傷の強い地域という共通項があるといえますが、住まいをされている方々は必ずしもスティグマ(烙印)やトラウマ(心の傷)に圧し潰されたりしている訳ではなく、 それを乗り越える強い意志と行動力によって豊かな生活文化を築き上げてこられました。
 私がこれらの地区に関心を持ったのは、京都市が崇仁地区に京都市立芸術大学の移転(二〇二三年に完成)、東九条地区に大型アート施設の誘致(二〇二五年に完成)といった大掛かりな文化施策を打ち出したので、 一体この地区はどうなるのだろうという素朴な疑問を抱いたのがきっかけです。 …≪略≫…アートと社会との関係に関心のある研究者にとって非常に興味深い地域であるのは事実ですが、踏み込んで関わるのは簡単ではありません。
  
━━━引用以上
  
 とのことである。>踏み込んで関わるのは簡単ではありません と言う割に、まあ、よくこんなデタラメが書けるなと思う。尊敬するわ。
   
「デタラメ① 中川眞の東九条偽歴史」
   
>東九条地区はその南側にあり、第二次世界大戦後に韓国、北朝鮮から労働のために移住してきた家族が集住しており、
   
とあるが、東九条地域には、戦後ではなく戦前から朝鮮人、当時の「朝鮮籍」の人間が住んでいた。平山の家族も戦前から東九条に住んでいる。 終戦は1945年。大韓民国建国は1948年8月15日、朝鮮民主主義人民共和国建国は1948年9月9日である。 中川眞の歴史によれば1948年以前に朝鮮人(朝鮮籍)は東九条にいなかったことになるが、中川眞が書く
   
>第二次世界大戦後に韓国、北朝鮮から労働のために移住してきた
   
というのは一体どこのパラレルワールドなのか。本当に、何の文献を調べてどう解釈したらこんな歴史になるのか理解に苦しむ。 東九条に関わる者と話をしても絶対にこんな歴史にはならない。東九条のことを知らない、興味が無い人がこのような適当な認識なのは仕方ないかもしれないが、 この中川眞は文部科学省科学研究費挑戦的研究「アートによるまちづくりに抗する地域住民とアートコーディネーターの協働」 https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-23K17495/ の研究成果の一部としてこの本を刊行しているわけで、こんな間違いをするのはありえない。 中川眞がアートに関心はあっても東九条という地域や在日韓国朝鮮人に何の興味関心ももっていないし、全く調べてもいないということがよくわかる。しかも
   
>労働のために移住してきた
   
とあるが、日本にやってきた、来ざるをえなかった朝鮮人は植民地支配の過程でやってきた訳で、>労働のために移住してきた、という文言から察するに、 中川眞の中では在日韓国朝鮮人は食うに困った「移民」くらいの認識なのだろう。 つまり中川眞の中では先の大戦や植民地支配のことは無かったことになっているのだ。
   
 断定はできないが、巻末に記載されているクレジットを見るに、この本は著者の朴清子氏を筆頭に東九条の多文化共生エリアの関係者がその制作に関わっているようだが、 彼女彼らは校正の段階でこのデタラメな文章を読んで誰も何の「違和感」も感じなかったということだ。 何故多文化共生エリアの関係者がこのデタラメな文章に「違和感」を感じ無いのかの平山の推察は後で書く。おれはこの文章を一目見て頭に血が上ったが、さらに頭に血が上ったのが次の文章
    
「デタラメ② 中川眞の東九条偽世界観」
   
>両地区は社会的外傷の強い地域という共通項があるといえますが、住まいをされている方々は必ずしもスティグマ(烙印)やトラウマ(心の傷)に圧し潰されたりしている訳ではなく、 それを乗り越える強い意志と行動力によって豊かな生活文化を築き上げてこられました。
   
最低だとしか言いようがない。おれが、ここ三年、東九条多文化共生エリアでずっっっっっと批判し、抗議し続けてきたことがこれである。 東九条の現実を、研究者の都合のいい「物語」で塗りつぶすというやつである。これはまさに「中川眞の東九条偽世界観」と言ってよいだろう。
   
>住まいをされている方々は必ずしもスティグマ(烙印)やトラウマ(心の傷)に圧し潰されたりしている訳ではなく
   
東九条は、スティグマ(烙印)やトラウマ(心の傷)に圧し潰された、多くの無念の人びとが眠る土地である。東九条という土地の呪いから逃れたくて多くの人がこの地を出ていった。 東九条出身であるということをずっと隠している人もいる。死ぬまでアルコールが手放せなかった者もいる、精神を病んだ者もいる、狂ってしまった者もいる、自ら命を絶った者もいる。 そして、それは「今でも続いている。」そうやって黙って出ていった人、黙って病んで死んでいった人、黙って狂って死んでいった人、無念のうちに死んでいった人はこうやって「無かったこと」にされる。 そして今なお無念を生きている人間のことも無かったことにされる。
   
研究者やアーティストの「都合のいい物語」に上書きされて。
   
これは東九条とか在日韓国朝鮮人に限らず日本人も当てはまることだが、家族の傷は代々伝承する。在日にとっても日本人にとってもここ最近の一番大きな傷とは第二次世界大戦なのだ。 この戦争は加害国、被害国に関わらず、それに関わった人間に大きな傷を残した。今でこそPTDSなどの概念があるが、戦後当時はそのトラウマを治癒することができず家庭内暴力が横行したり、 その傷によって人生そのものが破綻したり、そしてその傷はその子ども、さらにその子どもへと引き継がれていく。 それは東九条でもそうだし、在日韓国朝鮮人が負った傷とは遡れば第二次世界大戦と植民地支配の時代に行きつくのだ。 つまり「デタラメ① 中川眞の東九条偽歴史」は東九条地域住人の「傷」そのものを「無かったこと」にしたのだ。
   
だからこそ
   
>東九条地区はその南側にあり、第二次世界大戦後に韓国、北朝鮮から労働のために移住してきた家族が集住しており、
   
という「デタラメ① 中川眞の東九条偽歴史」の文章は
   
>住まいをされている方々は必ずしもスティグマ(烙印)やトラウマ(心の傷)に圧し潰されたりしている訳ではなくそれを乗り越える強い意志と行動力によって豊かな生活文化を築き上げてこられました。
   
という「デタラメ② 中川眞の東九条偽世界観」とちゃんとつながっているのだ。 「デタラメ① 中川眞の東九条偽歴史」は「差別とかあって苦労したけど、それを強い意志で乗り越えた!」という「日本人に都合のいい在日の物語」と接続するのである。
   
「歴史観」こそが現在の「世界観」をつくるからだ。
   
だから「デタラメ① 中川眞の東九条偽歴史」は単なる間違いや知識不足ではない。この文章が中川眞の思い込みや勝手なイメージで書かれたものであっても、 中川眞にとって都合のいい「東九条物語、在日物語」を作るためには第二次世界大戦や植民地支配のことは「無かったこと」にしなければならないという必然性が中川眞にはあった。 だからこそあの「デタラメ① 中川眞の東九条偽歴史」文章が生まれた。そしてそれを許してしまう土壌が東九条多文化共生エリアにはある。
   
 恐らく中川眞はその研究にあたって東九条の「多文化共生エリア」の関係者としか接触していない。 多文化共生エリアの関係者は東九条や在日のことを語ってもそれを「多文化共生」の文脈で語るし、決して「反差別」の文脈では語らない。 「反差別」の文脈で東九条や在日を語るならその話の起点はかならず「第二次世界大戦と植民地支配」になる。 しかし多文化共生エリアの関係者と関わると、東九条の起点は「東九条マダン」や「ハンマダン」、もしくは「ディフリー神父=希望の家」になる。起点は全て戦後。つまり「第二次世界大戦」は「無かったこと」になる。
   
・「東九条反差別の歴史」の起点は「第二次世界大戦および植民地支配」…戦前、戦中
   
・「東九条多文化共生エリアの歴史」の起点は「ディフリー神父=希望の家」…戦後
   
この「歴史観=世界観」の違いは大きい。この「東九条多文化共生史観」が在るために、朴清子氏含め校正した者も「デタラメ① 中川眞の東九条偽歴史」に何の「違和感」も感じなかったのであろう。 「違和感」を感じなかったからこそこのありえない文章を見逃したのだ。 平山が指摘する東九条の「反差別無き多文化共生」とは「第二次世界大戦無き多文化共生」に他ならない。 この歴史観こそががおれが書いている「反差別無き多文化共生」の弊害なのだ。「歴史観」こそが現在の「世界観」をつくる。 ならば、東九条の多文化共生エリアにおける現在の世界観とは、ネット右翼や歴史修正主義者の語る「日本人は加害をしていない」という「世界観」と相通じるものがあるのだ。
   
自民族中心主義的排外主義者は在日韓国朝鮮人を排除する。
東九条多文化共生は在日韓国朝鮮人に対して日本人への同化を静かに強要する。
両者は表裏一体である。
   
浜辺ふうを見ればわかるように、多文化共生エリアで語られる「在日像」は日本人にとって都合のいい「在日像」でしかない。 そして日本人にお行儀よく同化した在日だけが、東九条多文化共生エリアのその輪の中には入れてもらえる。 それの一体なにが「多様性」なのかおれには理解不能だが。むしろそれは「ムラ社会」という方がしっくりくる。 だからおれにとっては排外主義のネトウヨと東九条多文化共生ムラ社会の排他性は表裏一体の何かである。 そして中川眞の書いた「デタラメ① 中川眞の東九条偽歴史」と「デタラメ② 中川眞の東九条偽世界観」は東九条の多文化共生エリアの「反差別無き多文化共生=第二次世界大戦無き多文化共生」史観と同質のものであるという指摘をしておく。
   
日本人にとって都合のいい「在日像」や「東九条の歴史観=世界観」を提示するのは「浜辺ふうの東九条お花畑史観」も同じである。 だからこそ浜辺ふうは日本の社会にとって「需要」があるのである。浜辺ふうのデマゴーグには、めんどくさい在日を黙らせ排除する効果があるからである。 そして浜辺ふうはそのことをわかっていてやっている。だから浜辺ふうは在日韓国朝鮮人の抗議を受け入れることは無い。数が少ないマイノリティなど黙殺して踏みつぶしてしまえばいいからである。
   
また、デタラメ② 中川眞の東九条偽世界観」の文章に「必ずしも」を付けていることは言い訳にはならない。 何故ならその「必ずしも」が指し示す住人(関係者)とは東九条の多文化共生エリアの「二階」の関係者の事「だけ」だからである。 中川眞が言う「必ずしも」の「住人」は東九条の中でも「例外中の例外」でしかなく、その例外の関係者たちのことをさも
   
>強い意志と行動力によって豊かな生活文化を築き上げてこられました。
   
としてこれを東九条全域の話であるように書くのは歴史修正も甚だしい。 事実として東九条に「住まいされている方」である「その他の地域」の「一階」の住人の多くは「豊かな生活文化を築き上げてこられ」ていないのであり、そのような住人の方が圧倒的多数なのである。そして言うべくも無く
   
>強い意志と行動力によって豊かな生活文化を築き上げてこられました。
   
とは東九条マダンに代表される「多文化共生エリア」だけの「例外中の例外」の話である。東九条の「その他の地域」においてこんな「物語」は無いし、「豊かな生活文化」も無いのだ。 これをさも「東九条全域」の話のように書くのは東九条の歴史修正であり、多文化共生エリア以外の住人を「無かったこと」にする卑劣な所業である。
   
だから書きたいのであれば、「これは東九条多文化共生エリアの関係者限定の物語です」と書け。ならばそれは事実だ。 「例外中の例外の話」を東九条全体の話にするな。何が「必ずしも」だ。ふざけんな。
   
もちろん、東九条に関わる研究者は「必ずしも」こんないい加減な人間ばかりではない。 真面目に誠実に地域と関わる研究者もいる。だけど、連載でたびたび書いている大谷通高もそう。 そして本連載で批判している浜辺ふうもそう。浜辺ふうがやっていることも、東九条の歴史、在日の歴史を「多文化共生物語」に書き換えることである。だからおれは強く批判している。 そもそも「社会的外傷」てなんやねん。差別、暴力、収奪があったて書け。ジャーゴンを使うな。地域住人が使っている現実のことばを使え。 他人の「傷」を謎の専門用語で上書きするな。それが塗りつぶしや言うとんねん。地域住人は、この「傷」のことを誰も「社会的外傷」だとは思ってないわ。 他人の「傷」に勝手な名前を付けることが当事者をどれだけ苦しめるのかがわからんのか。この傷から名前を奪うな。
   
そしておれが、いちばんカチンときた文章がこれ。
   
以下引用━━━
   
>冒頭で「両地区は都市の中で社会的外傷の強い地域という共通項がある」と書いてしまいましたが、そのような言い方が、実はこの地域への差別や偏見を再生産する危険性があると自覚しなければならないのです。
   
━━━引用以上
   
じゃあ書くなよ。書くなよ。書くなよ。書くなよ。書くなよ。書くなよ。書くなよ。書くなよ、自覚しなければならないなら。なに良い子ぶってんねん。お前はどの「高み」からこの文章を書いてるの? お前が東九条に何の興味も関心も無いことはデタラメ①の文章でもうバレてるやん。他所の土地の人間のこころの傷に触れておいてこんな文章ひとつで保険かけられると思ってるんやから、東九条という地域も舐められたもんやな。 >この地域への差別や偏見を再生産している のはおまえのその非人間的な態度なんだよ。 東九条という地域や東九条の住人をただの研究対象としてしか認識してないおまえのその非人間的な態度こそが>この地域への差別や偏見を再生産してるじゃ。 「研究者と研究対象」じゃなくて、「人間と人間」として関わる肚や気概や義侠心がおまえには無いんだよ。 おまえの文章の行間からそれがにじみ出てる。>差別や偏見を再生産しないようにするって簡単やん。 東九条地域の住人と「人間として関わる」こと、それだけやんか。もし>差別や偏見を再生産されたらおまえ自身が先頭に立ってそれに抗議して戦えばええのよ。 差別と闘うつもりが無いのがバレバレなんよ、おまえら研究者もアーティストも。 「東九条は研究対象だけど、反差別とかめんどくさいことはしたくありませーーん、地域住人とは人間として関わりたくありませーーーーん」というお前の非人間的な態度が全て凝縮された卑しい文章。 こういう文章を「上から目線で媚びている」って言うんや。媚びる奴には裏がある。それが見抜けない間抜けは東九条「一階」の住人におらんわ。おもいあがるな。
   
中川眞、おまえの文章には怒りや悲しみがない。無念さがない。そんな奴がこの地域に触れるな。「傷」に触れるな。それは研究者だからというのは違うからな。 東九条に関わった研究者たちの極めて緻密で丁寧な論文の底流に、怒りや悲しみや義のこころが流れているのをおれは見てきた読んできた。おまえにはそれが全くない。お前は一体何しにこの東九条に来たんじゃ。
   
 ついでに書いといたるわ。HAPSの2023年の「文化芸術による共生社会実現に向けた基盤づくり事業報告書」 https://haps-kyoto.com/fundamental/wp-content/uploads/report/hapskyoseireport2023.pdfの中川眞の文章。
   
以下引用━━━━
   
従来から固有の文化的伝統をもち、近年でも東九条マダンという文化形式を生み出したこの地域に、新たにアーティストを介入させようとするプロジェクトは、ある意味で地域住民に困惑の感情を抱かせたことは確かである。
   
━━━引用以上
   
>従来から固有の文化的伝統をもち、近年でも東九条マダンという文化形式を生み出したこの地域
   
て書いてるけど、「従来から固有の文化的伝統をもち」て何のこと?これ具体的に何のこと?そんなもん「この地域」には何も無いよ。中川眞、マジで東九条のことを何も調べずに適当なことを書き散らかしているわ。 それに「東九条マダンという文化形式」て何や?「文化形式」て何??東九条マダンは「民衆文化運動」や。それは東九条が生み出したものではなく、韓国から「輸入」されてきたものや。 ほんで東九条マダンは多文化共生エリア限定の「まつり」や。東九条マダンは、地域のまつりではない。「地域のまつりになろうとしているまつり」や。 そんなこと東九条マダンの関係者と少し話せばわかるはずや。 この一文だけでも、中川眞が東九条にも、在日韓国朝鮮人にも、東九条マダンにも何の興味も関心も無いことがわかるし、何も調べずに自分の勝手なイメージだけで適当なことを書く奴だということがわかる。 で、こういう適当なことをする奴が助成金も得て、デタラメな仕事して、東九条という地域を実績つくりに利用する。しかも地域住人のこころを踏みにじって。こういうのを、研究者による「植民地化」や言うとんねん。
   
何でおれがこういうことに口うるさく書くかと言うと、この「地域の植民地化」をする奴は、次に必ず「差別表現」をするから。パターン一緒。中川眞も大谷通高とパターン同じ。
   
あと、決定的なことを書いといたるわ。おまえの研究タイトルのな、
   
「アートによるまちづくりに抗する地域住民とアートコーディネーターの協同」
   
そこに出てくる「地域住民」て誰の事や?お前が研究対象にしてる「某写真展」その構成メンバーにどれだけ、何人、代々東九条に住んでる根付きの「地域住民」がいる? ちゃんと調べたか?その集団には「地域住人」はほとんどおらんのや。その団体の構成メンバーはほとんどが東九条の「外」からきた研究者なんや。だからこそこの団体は「失敗」した。だからこのタイトルは
   
「アートによるまちづくりに抗する地域「関係者」とアートコーディネーターの協同」
   
て書き直した方がええんとちゃうかな。問いの立て方を間違ったら、正しい答えは出てこうへんよ。
   
中川眞、おまえはほんまに、何も調べてないんやな。すごいな。尊敬するわ。ええな、こんな適当な仕事で助成金貰えて。上から目線でもの言えて。
   
そしてその「アートによるまちづくりに抗する「自称」地域住民」たちこそが東九条地域住人にド真ん中の差別をして、傷つけ、この東九条を蹂躙しとるんや。
   
その話、HAPSの関係者から聞いてないんか?
   
調べるべきことを何も調べていない、おまえのそのデタラメでインチキな研究こそが
   
>この地域への差別や偏見を再生産
   
することに加担しとるんや。
   
まじめに仕事をしろよ。仕事を。
   
>この地域への差別や偏見を再生産とかどうでもええから仕事をしろ。
   
 東九条の「外」からやってきた研究者やアーティストはこの不誠実なことを平気でやる。 ちょっと東九条マダンの関係者と関わり、ちょっと多文化共生エリアの関係者と関わったらそれがイコール東九条そのものだと錯覚してこのように自分の「妄想」を書き流して差別しだす。 そしておれはここ三年ずっとその事について警鐘を鳴らし続けてきた。関係者には事あるごとに言ってきた。 たまたま縁があった若いアーティストやアカデミアには丁寧にそのことを説明してきた。 「東九条「多文化共生エリア」と「それ以外の地域」は全く違うのだ」という事を。「東九条で活動するならいろんな地域住人と関わってほしい」ということを。 名前は出さないが、この本に携わっているある関係者にもそのことはずっと言ってきた。それにも関わらずやはり繰り返しこういう事が起きる。 アカデミアの「二階」「三階」の人間がどれだけ適当な嘘を書いてもそれは社会に信用されるが、東九条地域の名も無き住人平山が抗議したところでこれが聞き入れられることは無い。 おれはもう何回同じことを言ってきたんやろね。何回同じ失敗するんかね。全く聞く耳持ってくれへんのね。こうやって東九条という地域はアカデミアやアートの「植民地」にされていく。
   
 何でおれが研究者やアーティストのこの適当なことばにいつも怒るのかというと、死人がでるからなんよ。いい加減なことばひとつで人間が死ぬの。「一階」の人間は東九条の現実を生きてるの。 おまえらのことばや活動が現実を歪める時、おれらの現実や生活が歪むの。現実が歪むと人が死ぬのよ。おまえら「二階」「三階」の世界には何の関係も無いことかもしれんけどね。 だからおれはここ三年間必死なの。殺されたくないから。現実を歪めるな。
   
 中川眞、おまえが書いた「デタラメ① 中川眞の東九条偽歴史」。あれはただの間違いじゃない。死人がでる間違いや。いいかげんにしとけよ。
   
 「中川眞 アートによるまちづくりに抗する地域住民とアートコーディネーターの協同 の研究成果による東九条歴史捏造事件」は、「総合地球環境学研究所 大谷通高による東九条差別ボードゲーム制作事件」と構造がよく似ている。 大谷通高も平山からの質問に対して「自分はボードゲームの研究をしているだけで、かつメタ的認知の視点に立った研究をしているので、東九条について調べる必要もないし、地域の人間と関わる必要は無い」と言っていた。 恐らくだけど、中川眞も研究テーマが「アートによるまちづくりに抗する地域住民とアートコーディネーターの協同」なので、東九条という地域ついて調べなかったのだろうし、「一階」の地域住人に聞き取りなどもしなかったのだろう。 東九条そのものが研究対象ではないにしても、その現場は東九条なのだから、東九条という地域を徹底的に調べる必要があるのだ。 それを大谷通高も中川眞もしなかった。それでこういうことが起きた。中川眞が監修した「人らしく生きる」、これ当然撤回して回収するんだろうね。そらそうやろ。東九条という地域がテーマの本で東九条についてデタラメ書いたんだから。 それが研究者としての職業倫理でしょう。大谷通高の制作したボードゲームも平山の抗議で撤回回収されたしね。
   
この本は、全て撤回回収して、身銭切ってつくりなおしたらええねん。仁義をとおせ、仁義を。
   
でも、学問とか何とか以前に、その地域に関わるならその地域のことを多少なりとも調べるってのは人間としての「敬意を払う」みたいなことなんじゃないのかね。 もちろんちょっと調べたくらいでその土地のことがわかるわけではない。 だけど、赤の他人でも「ああ、この人は敬意をもって関わろうとしてくれているんだな」というのが伝われば、間違いがあったり、意図しない差別的な言動があったとしてもおれだって怒らないよ。 でも、全く敬意を感じないんよ。こいつらは東九条地域住人と初っから人間として関わるつもりが無い、ということだけはビンビン伝わってくる。 それは逆に言えば中川眞は「研究者として生きている」のであって「人間としては生きてない」ということなんだろうね。 普段から「属性」で生きてるから他人の事も「属性」だけで関わってしまう。「属性」だけで関わるから「分断」してしまう。 皮肉なことに、「人らしく生き」てないのは中川眞だったというオチやったね。訓話としては秀逸やわ。それは他の連中もそうだけどね。
   
 アカデミアのいい加減でデタラメな研究によって、東九条地域の歴史が歪み、捏造され、それによって現在の地域の世界観や在り方が歪む。 これは歴史修正主義者や排外主義的な自民族優先主義者とやってることは同じである。それが実際に東九条多文化共生エリアで起きていることである。
   
昨年、「大谷通高による東九条差別ボードゲーム制作事件」が起きた。なぜこういうことが起きるのか、その理由をきちんと検証し、反省し、次に生かさねばならないのにそれはなされなかった。 だからこそ今回の「中川眞 アートによるまちづくりに抗する地域住民とアートコーディネーターの協同の研究成果による東九条歴史捏造事件」が起きた。 これは東九条史に残る負の歴史であり、おれは絶対にこのことを無かったことにはしない。
   
 おれが三年前から抗議してきた大谷通高の件が今回何も生かされてなかった。 本人にも、関係者にもさんざん抗議し、何故そういうことが起きたのかもちゃんと解析して口頭でも文章でも伝えたにも関わらずそれが何も生かされず、同様の事件が起きた。 まあ、地域住人の声なんかそんな扱いなんよね。もう今回の件でそれがよくよくわかった。アカデミアやアートの人らには言っても無駄。丁寧に説明しても無駄。 無駄と言うか、同じ人間としては関わってくれないのだということがよくわかった。 「二階」「三階」の人たちにとって、東九条の「一階」の人間はあくまで研究対象、アートの素材。地域住人の「声」は研究資料でしかないし、アートのネタでしかない。 そして抗議する地域住人は邪魔者でしかない。連載前回に書いた「(在日の一世、二世の怒りや悲しみ)そういうのに反発するのがモチベーションでやってるんすよね。」と言い放ったレイシスト山崎なしのことばにそれが集約されている。 自分たちに抗議する在日や東九条住人は邪魔者でしかない、と。
   
 しかしもうだめだわ。東九条多文化共生エリアは。これからますます研究者、アーティストの植民地になっておしまい。この流れは止まらへんな。今回の件はダメ押しやったわ。 京都市からジェントリフィケーションされるとか、チームラボが来るとか、そんなこと以前に、東九条はもうアートの植民地になってるんよ。そしてそれを手引きしているのは東九条の多文化共生ムラの「二階」の人らやんか。
   
 最近、おれはずっと反差別だ!なんだ!と書いてるから誤解されるかもしれないけど、おれは別に「差別だ!あやまれ!」て責めてるわけじゃない。 人間、間違うこともたくさんあるし、差別してしまうことだってある。もちろん平山にだってある。それ自体はべつにええんよ。「わたし」はどこまでも愚かだし自分勝手なクズだから。 でも間違ったり差別だって指摘されたら、いちど立ち止まって考えて内省したらええやんか。反差別は多文化共生の基本なんよ。反差別無くして多文化共生はありえへんのよ。
   
 マイノリティや当事者のいうことだからって全てが正しいわけではない。「当事者」は時に嘘もつくし、大げさに話を盛ったりもする。傷の深い人間はめんどくさい、ややこしい、矛盾に満ちている。 クズもキチガイも多い。だから当事者の言う事を全て鵜呑みにする必要はないんだけど、立ち止まって考えてみるとか、じゃあいっしょに考えてみましょうとか、それくらいしたらどうなんかね。 おまえら「自分は差別しない」「自分は悪い人間ではない」というセルフイメージにとらわれすぎなんよ。そのセルフイメージにとらわれるから自分のしでかした失敗や差別を認めることできない。 反省できないから同じことを繰り返す。まあ、アカデミアやアーティストの「二階」「三階」の人らはプライドも高いし、平山のような「一階」の名も無き人間に指摘されたらムカつくのもわかるけど、ちょっと立ち止まって考えろよ。
   
何回おなじ失敗するねん。
   
おもんないねん、おまえら。
   

   

  
  


  

2025年10月12日

戻る