ちゃんと眠ることができるなら、心身にまつわるセラピーは必要ない。ちゃんと眠るとは、ちゃんと夢を見ることである。
夢と縁遠くなった「わたし」は夢を見るができなくなった。夢を見ることができなくなったのは、夢を生きることができなくなったからである。
夢を生きない限り、眠ることはできない。
心身のセラピー、ライフハック、いろいろ、もろもろ、それは夢を生きる門の前まで「わたし」をつれてくることはできるが、夢を生きることまでには至らない。
夢を生きることは、ある意味では「わたしの夢」を捨てることになる。それは「わたし」にとって無念の人生を生きることになるかもしれない。
だが、無念をかかえているのは夢の方なのだ。
だれも生きてくれることの無くなった夢の方こそが無念の想いを抱えているのであって、現代においてそんな夢を生きることは、夢の無念そのものを生きることでもある。
「わたし」によって見捨てられ、打ち捨てられた夢を生きること。ちゃんと眠りたければ、そんな夢を生きるしかない。
100年後の、1000年後の「わたし」が夢を生き、夢がわたしを生きるために。
20251108記す