さっきの話でいえば、教室に「いじめ」が生まれるときには、流れが一つになり、しかも「生き物」であることを失って停滞しています。
そして恐らく、平山さんが知覚しているのも、「無自覚な人々の感覚が垂れ流した、死んで停滞した、
あるいはぼやけきった「流れ」がなんとなく一方向にだけ向かっている」状態なのかもしれない……想像ですみません。
この文章は平山のフェイスブックの【物語ることの暴力性と政治性/語りが語りを語る時】という投稿のスレッドで、
詩人の三刀月ユキさんと平山との会話の中で三刀月さんが書いてくれた文章を本人の許諾を得て転載したものである。
まさしく今現在東九条地域で起きていることはこれである。
「多文化共生」というひとつの考え方だけが東九条を支配し、そのことで東九条の流れが淀み、かつて東九条にあった生き生きとした生命力や豊穣のようなものが無くなっている。
もちろんそれは「多文化共生」だけに原因があるのではない。東九条という地域そのものがやせ衰えているからというのが根本原因であるが。
さて、2025年7月12日土曜日に九条劇の山崎なしと話をした時に平山は尋ねた。
「なんでメールに返信しなかったの?本当にメールのやりとりで終わらせるつもりだったんだけど。」
「誰から聞いたとは言えませんが平山さんが暴力をふるったと聞いていたからです。」
「暴力?」
「はっきり言いますね。平山さんが空の下写真展に暴力を振るったと聞いたからです。」
平山が暴力を振るったから返信しなかった。これは浜辺ふう=山崎なしの、平山からのメールに返信しないための言い分かもしれない。
しかし「平山が空の下写真展に暴力を振るった」というデマに浜辺ふう=山崎なしが恐怖を感じ、
暴力をふるうような人間とは関わりたくないのでメールに返信をしなかったというならその心情もわからないでもない。
表現者ならそれでも、本当にそういう事実があったのかを確認した上で返信するべきだとおれは思うが。
メールに返信しなかった理由は他にもいろいろあったようだが、やはり主たる理由は「平山が空の下写真展に暴力を振るった」ということであるようだ。
これを聞いた時、おれは本当に落胆した。奈落の底まで落胆した。
越えてはいけない一線を、絶対に越えてはいけない一線を、多文化共生エリアは超えてしまった。それは
デマが現実を動かしてしまう
という一線である。
かつて関東大震災で「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマに扇動された者によって多くの朝鮮人や朝鮮人と誤認された日本人も殺されたという事が起きた。
実際に起きたことの深刻さは違うが、それに類することが2025年の東九条でも起きたのである。
浜辺ふう=山崎なしの「九条劇」が平山からの質問メールに対して返信していれば、
2025年4月26日に起きた平山剛志による「東九条春まつり平山絶叫事件」は起きていなかったのである。
「平山が空の下写真展に暴力を振るった」というデマが無ければ、メールの返信はあったのだ。
しかしデマによってメールは返信されなかった。「平山が空の下写真展に暴力を振るった」というデマが「東九条春まつり絶叫事件」を起こしたのだ。
デマが現実を動かしてしまう、デマが現実の社会を壊してしまうという絶対に起きてはならないことが東九条で起きてしまった。
あの時浜辺ふうが平山に言った「あながた暴力をふるうから」ということばはこのデマのことだったのである。
「平山が大谷通高に暴力を振るったから大谷さんは東九条マダンを辞めた」
「平山が空の下写真展に暴力を振るった」
このデマは去年から東九条マダンおよび東九条多文化共生エリアに流れていた。平山が参加していた東九条マダンのメンバーからもこのデマについて直接聞いた。
本当に平山が大谷通高に暴力を振るったと信じている人もいた。また、このデマを信じている人が他にもいることを間接的にも聞いた。
このデマを流しているのはもちろん「東九条空の下写真展」のメンバーである。空の下写真展に関わる複数のメンバーがこのデマを流していることを平山は確認している。
念のために書いておくが東九条空の下写真展が組織的にこのデマを流しているわけではない(と信じたい)。
このデマを流しているのはあくまで、この写真展に関わる何人かの個人である。
もちろん平山は、大谷通高に暴力は振るっていない。大谷通高が書いた論文がデタラメでインチキだったことと、制作したボードゲームが差別であったことについて激しく抗議し、
その対応があまりにも不誠実であったから大谷通高が所属する「総合地球環境学研究所」に申し入れをした。
大谷通高の論文にはでかでかとその所属先が記載されていたからである。それは暴力ではなく抗議である。
それと大谷通高が東九条を去ったのは空の下写真展内部の人間関係のいざこざであることを大谷通高本人から直接平山は確認している。
何故かそれが「平山が大谷通高に暴力をふるった」という話になっている。
自分たちの加害行為を平山に擦り付けてそれを地域に流布するというのはあまりにも悪質すぎやしないだろうか。
しかし「平山が空の下写真展に暴力を振るった」と空の下写真展に関わる人物がデマを流した結果、
平山は2025年4月26日に東九条春まつりにて大声で叫んでまつりをぶち壊し、こどもたちに恐怖心を与えるという外形的には「暴力」である行為に及んだのだ。
「平山が暴力を振るった」というそのデマが「現実化」したのだ。
さらにそれは2025年4月26日の「東九条春まつり平山絶叫事件」によって、やっぱり平山は暴力を振るう人間なのだとそのデマ自体に信ぴょう性を与えることになった。
そしてその現場では施設長の前川修から「警察呼ぶぞ」とまで言われている。もし仮に実際に警察を呼ばれて平山が逮捕されてしまえば平山の人生そのものも破壊されていたのである。
いや、もう破壊されている。平山は今も東九条に住んで生活しているのである。平山が叫んで春まつりをぶち壊したという話は東九条中に知れ渡っている。
実際あの場には平山の中学校時代の同級生もいた。平山絶叫の話は尾ひれはひれがついて広まっているであろう。しかもその人たちはこんな事情があることなんて知らない。
東九条に住む平山の「生活」はこのデマで壊された。
自分たちに抗議してきた東九条地域の住人平山をデマを流してその生活を破壊する。
卑怯、卑劣、卑屈。
東九条の空の下には卑しかないのか?
「東九条空の下写真展」について平山との経緯について簡単に触れておくと、平山は三年ほど前から空の下写真展に対して抗議をし続けてきた。
それは空の下写真展のその在り方や様々な発言について、その写真展そのものについて、実際に写真展が地域住人を傷つけたことについて、おれは抗議した。
しかし一番大きな出来事は、ボードゲームの件についてである。大谷通高はこの東九条空の下写真展のメンバーであり、
このボードゲーム制作は空の下写真展の活動の一環として行われたものである。
その大谷通高が主導して制作したボードゲームが東九条地域住人が動物の姿で描かれているというド真ん中の差別表現であること、
そして地域住人の「やっほーのおじさん」が無断で登場していることについておれは空の下写真展に抗議をした。ボードゲームは即時撤回、回収破棄しろと。
すると空の下写真展側は、「やっほーのおじさん」の遺族を探し出して「事後承諾」を得ると言い出したのだ。
こんな酷薄な話はない。おれは心底ぞっとした。
やっほーのおじさんのような傷の深い人の家族もまた傷の深い人かもしれないという想像が、空の下写真展の「二階」の人間にはできないのである。
ましてや「事後承諾」なんてしてよい訳がない。
特に東九条出身に人は自分が東九条出身であることを知られたくない人、隠して生きている人も多い。
それだけ東九条という地域は当事者にとって「呪われた」地域なのだ。何て残酷なことをするのかと、
ヤッホーのおじさんを動物の姿で描くことだけでも非人間的な最悪なことをしているのにその家族にまで「事後承諾」を迫ってそれを「認めさせ」ようとする。
空の下写真展メンバーのこの「非人間性」におれは本当に打ちのめされた。
この件は自分が侮辱されたわけではない、自分の家族が侮辱されたわけではない。だけどおれは本当に打ちのめされた。
それはあまりにも非人間的な何か接した時のことばにできない鈍痛のような感覚だった。
だからこの非人間的な「事後承諾」だけは絶対にやめさせなければならないとおれは決意し、烈しい抗議を東九条空の下写真展に対して行った。
烈しいといってもメールである。現実にデモや身体的な抗議活動をしたわけではない。
そのメールの内容は書籍版には添付するが、その内容は確かに攻撃的だった。
だけど何がなんでも絶対に、ヤッホーのおじさんへの遺族への接触だけは阻止しなければならないと決意したからである。
やっほーのおっさんと同じ時代を生きた東九条の人間として、絶対にそれは阻止しなけばならなかった。やっていることがあまりにもおぞましすぎる。
あまりに非人間的すぎる。やっほーのおっさんはおれ自身だ。ふざけんな。
親族の許可さえとれば何をしてもいい。これこそが梁民基さんが言っていたまさに
「形式が内容に暴力をふるっているのだ。」
「みずからの文化を創り出す 梁民基記録集」 p117 より引用。
という事に他ならない。まさに東九条多文化共生エリアで起きていることは「形式が内容に暴力をふるっているのだ。」である。
そしてまさしくこれが平山が言っている「非暴力の形式を順守しているだけ」の「二階」の人間の酷薄さで散漫で軽薄で「思い上がった」在りようなのだ。
前川修もそう。差別に抗議している当事者を「警察呼ぶぞ」の一言で黙らせようとするこの酷薄さと軽薄さ。
その男が叫んでいる事情や内容を知ろうともしない多文化共生施設の施設長。
これもまさに「非暴力の形式を順守しているだけ」の「二階」の人間の散漫さと非人間性と「思い上がり」に他ならない。
レイシスト山崎なしの
「(在日の一世、二世の怒りや悲しみ)そういうのに反発するのがモチベーションでやってるんすよね。」
発言もそう。この酷薄さと軽薄さ非人間性と「思い上がり」。在日の一世、二世の怒りや悲しみとはまさしく在日の「内容」であって、
山崎なし=浜辺ふうは多文化共生という形式でもってこの内容に暴力をふるっているのだ。
だけど、これらのことに抗議する東九条地域住人平山が逆に「暴力」を振るっているとレッテルを張られて加害者扱いされて排除される。
これが現在の東九条多文化共生エリアで起きていることである。
おれは、誰ともつるまず、この三年間ずっと一人で抗議し続けている。だが空の下写真展は集団である。
それも構成メンバーは殆どが東九条の「外」から来た大卒、院卒のエリートの「二階、三階」のアカデミアの集団である。
東九条「一階」底辺層の名も無き住人である平山とはその知性や能力においても、社会的資本においても人的資本においても圧倒的な力の差がある。
圧倒的な力の差がある状態において、平山のその抗議が激しく攻撃的になるのは仕方ないのではないのか。
それにそもそも不誠実な対応を続けてきたのは空の下写真展メンバーの大谷通高である。だから平山の抗議も徐々に激しさを増していったのだ。
彼女彼らは東九条での活動において一定の実績があり誰もが信用する人たちばかりである。
社会的な信用という意味において平山とは比べ物にならないものがあるのだ。
この社会では平山が「白」と言おうが、多文化共生エリアの人が「黒」と言えばそちらが信用される。そんな連中が
「平山が空の下写真展に暴力を振るった」
とデマを流したのだ。もうそれは平山がいくら抗弁しようがその流れは止められない。
名も無き東九条「一階」の住人平山と多文化共生エリアの「英雄」たちとでは社会的信用度に差がありすぎる。
ましてや平山は沈黙と叫びの人間、かたや「多文化共生」側の人間。どっちが社会的に信用されるかは明白であろう。
そしてその「多文化共生」の連中が流したデマが現実に平山の叫び≒暴力として結んでしまったのだ。
絶対に越えてはいけない一線を、多文化共生ムラの連中は超えてしまった。
悪口はいい。平山がハゲだバカだダメだクソだカスだ、それはいい。悪口は「評価」だから。そんな「評価」で現実は動かない。
だけどデマや嘘は絶対にダメだ。デマは現実を動かすからだ。そしてデマは必ず社会を破壊するからだ。
だからデマを流した空の下写真展も加害者だが、そのデマが真実か嘘かきちんと検証せずメールを返信しなかった浜辺ふう=山崎なしもデマの加担者、加害者である。
浜辺ふう=山崎なしは「平山が暴力をふるった」という自分たちにとって都合のいいデマを信じたのだ。
そしてそれは春まつりでの平山の叫び≒暴力として時を結んだ。こんな程度の低いデマを信じることからも浜辺ふう=山崎なしのリテラシーの低さがよくわかる。
演劇といいながらデマゴーグ活動をしている浜辺ふう=山崎なしは逆に自分たちが程度の低いデマに扇動されて「東九条春まつり絶叫事件」を誘発した。
浜辺ふう、山崎なし、恥を知れ。
念のために書いておくが、おれはこのデマ事件をもって責任逃れをしたいわけではない。
何がどう原因であれ、平山が2025年4月26日に東九条春まつりにおいて叫んだのは事実であり、それが春まつりをぶち壊し、そこに居合わせた人に恐怖を与えたのは事実である。
その責任主体は平山にある。そしてあの叫びはレイシスト浜辺ふうへの抗議であり、「東九条を生きた平山」にとって必然でもありこの東九条の大地、死者たちの叫びでもあった。
しかしこれは外形的に、社会通念的には「暴力」として受け取られる行為である。これが「叫び」であるという平山自身の内心と、それは暴力であるという社会からの評価と非難、
結果としてその場に居合わせた人への加害行為となったという現実。それは全て抱えながら生きることになる。
だから叫んだことに関して後悔もしていないし、責任逃れするつもりもない。東九条の地域住人から避けられ白い目で見られるのもかまわない。
だけど、それがデマによって誘発されたということに関してそれは絶対にあってはならない事なのだ。
だからおれは怒っているのだ。デマによって社会が壊れたのだから。東九条というひとつの小さな社会がデマによって壊れたのだ。
東九条多文化共生ムラは壊れている。おれが関わり初めて5年ほどだが、この多文化共生ムラは超えてはならない一線を越え続けている。
東九条多文化共生ムラではまごうことなき差別がずっとまかり通り続けている。空の下写真展=大谷通高たちが作ったボードゲームもそう。
浜辺ふうのデマゴーグ演劇もそう。東九条の外からやってきたダンサーが地域住人を著しく傷つけ、抗議した地域住人が逆にイジメられた事件もそう。
構図は今回の平山の件と同じ。「二階」の人間の言動や活動に抗議した「一階」の住人が「二階」の関係者から「暴力」だといわれ逆に加害者扱いされる。
これはやはり平山が散々指摘している通り、東九条では「差別を差別だと認識できない世界観=他者理解が多文化共生によって構築されている」ということが大きい。
本来であれば多文化共生のその基本には「反差別」があるのだ。反差別なくして「多文化共生」はありえない。
・明確に差別であることを差別だと認識できない。
・差別、侮辱、収奪に対して抗議した者に対して事実無根のデマを流して抗議者の生活を破壊し、東九条の社会をも破壊する。
・行政から多文化共生の事業委託を受けた責任者が、その責任を果たさず差別に対する訴えを無視し続ける。
・行政から多文化共生の事業委託を受けた責任者が、自分たちの身内は差別をしようが何をしようがかばい続ける。
・アートやアートにまつわる助成金が、東九条の表現を歪めている。
・「多文化共生」や「共生」がその問題を見えなくしている。
・「共生」思想を内面化しすぎて、抗議や批判すること自体を忌諱する体質がある。つまり「多文化共生」が「事なかれ主義」として作用している。
その体質が、明確に差別であることを差別だと認識できなくさせている。
これが、現在の東九条多文化共生エリアで起きていることである。
ここで何が起きているのかというとそれは「ことばの破壊」という事である。
ここ三年、東九条多文化共生エリアに関わって痛感することは、ここではまともに言論やことばが機能していないということである。
「差別をやめろ」「非人間的なことをするな」そういうことばは無視され、デマによってねじ曲げられて、排除される。
ことばが破壊されているような場で、人間が人間であることはできない。
もう何年もしないうちに「東九条多文化共生ムラ社会」は瓦解する。当たり前の話だ。「差別は社会を壊すから」である。
その社会を破壊する「差別を差別だと認識できない社会」は必然的に内部崩壊する。恐らくこれから「東九条多文化共生ムラ社会」で本物の暴力がおきるだろう。何故か。
「東九条多文化共生ムラ社会」で起きていることは、DVやハラスメントのようなことだからである。それをイジメといってもよいが。
ハラスメントやいじめは必ず最後暴力やカタストロフ、大惨事大事故で終わる。こんなことは予言とかではなく、歴史上何度も繰り返されてきたパターンにすぎない。
だからおれは「東九条多文化共生ムラ社会」とはもう関わらない。その内部崩壊に巻き込まれたくもないし、そこにいれば必然平山は暴力のスケープゴートにされる。
「東九条多文化共生ムラ社会」と関わり続ければおれが暴力の加害者もしくは被害者になってしまう。これも「パターン」である。
何故ならおれは「東九条多文化共生ムラ社会」にとっては「よそ者=他者」だからである。ムラ社会でスケープゴートになるのは常に、同化しない「よそ者=他者」である。
昔の東九条はもっと雑多だった。いろんな人がいた。多文化共生、多様性というけれど、こんなことばができる前から東九条という地域はすでに「多様」だった。
東九条という「世界は多様」だった。昔はよかったなんてことを言いたいわけではない。そして平山にとっての東九条が全てではない。
それでもやっぱり、おれがこどものころの東九条はもっと多様な存在に満ちあふれていた。
在日、被差別部落、障害者、乞食、キチガイ、先生、野良犬、一輪車、こどもたち、ババア、ジジイ、オッサン、オバハン、魔女、ガイジンさん、めがねをかけた人、
霊柩車、すべり台、市バス、キリスト教の人、酔っ払い、野良猫、校長先生、どんぐり、花屋さん、米屋さん、せんべいや、酒屋さん、おまわりさん、
ビックリマンチョコ、ファミコン、カラス、うんこ、風呂屋さん、パチンコ屋さん、ヤクザの人、ビデオやさん、お地蔵さん、新幹線、転校生…。
あげればキリがない。だけど、「多様性」や「多文化共生」なることばは東九条から、転校生を消し去り、新幹線を消し去り、お地蔵さんを消し去り、
ビデオやさんを消し去り、ヤクザの人を消し去り、どんぐりを消し去り、パチンコ屋さんを消し去り、風呂屋さんを消し去り、
カラスを消し去り…、…を消し去り、つまり、多様性や多文化共生に「定義される存在」以外の存在をこの東九条から消し去った。
「多様性」ということばが出てきて「多様な世界」は消え去った。
ことばは恐ろしい。ことばは人間の知覚の枠を決め、ことばは人間の感受性の濃度を決めてしまう。
今東九条にあるのは多文化共生か、多文化共生できない「野蛮人」しかいない。平山の「抗議」が「暴力」だというレッテルを張られるのは、平山がその「野蛮人」だからである。
ことばを発することが出来ず沈黙する「野蛮人」。ことばにならず叫ぶ「野蛮人」。多文化共生できない「野蛮人」。そんな「野蛮人」は「警察よぶぞ」と排除される。
だから東九条の多文化共生エリアには、同じような人しかいない。みんな「人権意識が高くて良い人」ばかりである。
だが、「人権意識が高くて良い人」しかいないのである。
共生や多文化共生という「規範」を内面化した「人権意識が高くて良い人」しか東九条多文化共生エリアには存在することができないからである。
だからそこには同じような人しかいない多様性も何もない一様な集団が形成される。
そこには「人間の多様性」がない。その時、何が起こるのか?
もう一度冒頭の三刀月ユキさんの言葉を引用する。
以下引用━━━
>さっきの話でいえば、教室に「いじめ」が生まれるときには、流れが一つになり、しかも「生き物」であることを失って停滞しています。
そして恐らく、平山さんが知覚しているのも、
「無自覚な人々の感覚が垂れ流した、死んで停滞した、あるいはぼやけきった「流れ」がなんとなく一方向にだけ向かっている」状態なのかもしれない……想像ですみません。
━━━引用以上。
これはまさに、東九条地域でおきていることである。
「無自覚な人々の感覚が垂れ流した、死んで停滞した、あるいはぼやけきった「流れ」がなんとなく一方向にだけ向かっている」し、そのことに誰も気が付いていない。
そう、一番の問題は「そのことに誰も気が付いていない」ということである。そのことが恐ろしい。
これまで平山がどれだけ大きな声でそれを言い続けても、「そのことに誰も気が付かない」。
この文章を書いたとて、この文章を地域の人間が読んだとて「その事に誰も気が付かない」だろう。もはやこの流れは止まらない。
唐突だが、荻野昌弘氏の「資本主義と他者」p188からも引用する。
以下引用━━━━
…複数の他者像が存在していることが、近代国家の秩序を維持する条件なのである。
もし、この条件に反してひとつの他者像だけを優越させようとすれば、秩序は逆に危機に陥る可能性が高くなる。
戦争の勃発は、他者像の重層性に耐えられずに、ひとつの他者像だけで秩序を維持しようとするところから始まる。
━━━引用以上
現在東九条地域ではまさに「多文化共生」という一つの世界観=他者像だけで秩序を維持しようとしているのである。
平山という多文化共生とは異なる世界観=他者像をもつ者がそこからデマによって、そして「警察呼ぶぞ」によって排除されたのは非常に象徴的かつ決定的な出来事であった。
これから東九条多文化共生エリアで何が起きるかはもう明白だろう。
連載次回は、東九条地域における「多文化共生」を通して、「共生」とは何なのか、なぜ「共生」なのか?を考えてみたい。
つづく
参考文献
「資本主義と他者」 荻野昌弘 関西学院大学出版会
2025年11月9日