
【読書感想文】
『精神世界のゆくえ 宗教からスピリチュアリティへ』
島薗進
法蔵館文庫
平山の身内がとある新宗教系のカルト宗教に嵌まっていて、家族自体が精神的にも経済的にも被害を受けていた時期があり、
カルト的なものに対しとても嫌悪感がある。だけれども、人間が「救い」や「癒し」を求めるその心情はとてもよくわかるし、
近代的な理性や知性だけでは「救い」や「癒し」はもたらされないこともよく知っている。
カルト化するのが悪いのであってそのような「救い」や「癒し」を求め何らかの実践をすること自体は悪くはない。
何故人がカルトに嵌まるのかという理由には様々あるけれど、一つには「わたしの特別性」への拘りや執着がある。
「救い」や「癒し」の名のもとにカルトはそこに付け込んでくる。宗教ではなく俗にいうスピった人や自己啓発に嵌まった人の言うことや書くものを
読んでいつも思うのが、みんな金太郎飴のように内容が同じ。語彙も筋立ても感情もみな同じ。
それに加えて最近はマーケティングの技術がそこに合体していて、見せ方までパターンが同じ。
そして全てに共通していることは「わたしの特別性」への拘りである。逆にいえば「わたしは特別だ」とみなが思っている訳だから
それは非常にどこにでもある凡庸なものにならざるを得ない。そんなスピリチュアルな営為が好きな人は本書を是非とも読んでほしい。
またスピリチュアルや宗教が嫌いで批判的な人にも読んでほしい。
本書は宗教、精神世界、ニューエイジなど複雑膨大多岐にわたる領域を非常にわかりやすく、
でも本質は失わず整理されている。著者はこれらを大きく「新霊性運動」ということばで呼ぶ。
「新霊性運動」の詳細な定義は本書を読んで確認してほしいが、自分が「特別だ」と思ったり感じたり考えたりしていることは
歴史や社会構造の変化の中で生じたその波に由来するものでもある。その大きな流れや波を知ることはとても大切なことで、
自分が「特別だ」と思っているその考えもまた「新霊性運動」の一部のそのまた一部にすぎない。
そしてそれを知る事で自身の「特別性」という幻想は剥がれ落ちるかもしれないが、
だが「特別性」が剥がれ落ちたその奥から自身の「個別性」が立ち上がる。
自身の「特別性」をことさらに主張する事は世界から孤立することと裏腹な危険な態度でもある。
そしてその孤立がカルトを生む。だけど、先人たちが積み重ねてきたことを知ること、
また同時代を生きる者の営みを知る事で「特別」ではなく「普遍」を生きているのだということを実感できる。
本書はそんな感覚をとても理知的にかつ同時に温かな眼差しでもって感じさせてくれる。
「救い」と「癒し」の前提となる構えが身に付く書籍である。
2024年9月1日 記す