あとがきにかえて、少しだけ「わたし」のことを書いて、この連載を終わりたいとおもう。
階級だなんだ、一階だ二階だなんだとこの連載で言ってきたけれども、平山は半年だけ大学に行っている。
うちには進学できる余裕も無いし、平山は国公立に受かるほどの頭も無いし、
学資ローンを組んで私学に行こうとまで思わなかったので、高校を卒業したらバイトでもしながらぷらぷらしようと思っていた。
だから高校では留年しない程度の勉強しかしていなかった。だが高校卒業の半年前に父親が急に「一年だけ大学にいったらどうか」と言い出した。
何を言っているのか意味不明だったが、「四年行かせるお金はないが、大学がどういうところか経験しておくとその後の人生に全然違うだろう。」とのことだった。
底辺層出身者のかなしいところで、父親はまず何が目的で大学に行くのか、そもそも大学には試験があって、それに合格するには三年間、
あるいはもっと先から計画的に勉強をしていなければならないし、何なら塾に通わせなければならないということも全く理解していなかった。
だが、平山も大学に行けるならば行きたかったので。せっかくの申し出を受けて、論文と面接だけでいける大学を探し、何とか合格した。
大学の寮で一人暮らしをすることになったのだが、父親と寮の下見に行ったり、父親とリサイクルショップを回って家具なんかを探したりして、
父親が率先してあれやこれやと家具を選ぶのだが、その時にようやくわかったのは、要は大学に行きたかったのは父親だったのだ。
それを息子を通して追体験したかったのだな、と。父親はいろんな不運が重なったこともあるが、能力のある人だったので、普通の家庭に生まれていれば大学もでて、
能力を発揮し、悔いのない幸せな人生を送れたと思う。運命によって、そう在るべき人生を生きることができないのはだれにとっても無念だ。
だがもし父親がそんな「そう在るべき人生」を生きていたら平山剛志はこの世に生まれていない。それが運命の妙というか、玄である。
父親は一年といったが、卒業しないのに後期の学費を払うのももったいないので半年でやめた。大学には行って良かったと思う。
確かに行ってなければ、未だに「行きたかった」だなんだと後悔していただろう。そして、ほんの少しだが「二階」の世界を体験できた。
という意味では半年だが行かせてくれた父親と母親には感謝している。
大学を半年で中退だから、というわけでは無いが、平山は「一階」というよりは「1、5階」の人間である。
大学に行っていようが行っていまいが、本は好きで読んでいたので「書き言葉」を身に着けているけど、
アカデミアで専門的に訓練された「書き言葉」ではないからやはり「1,5階」の知性だ。
「1,5階」の平山は、「一階」の世界からは浮いた存在で、だけど「二階」の世界に入ることもできない。
社会的には使い物にならないというか、世間の中で身の置き所に困る居座りのわるい人生だ。
だが、
この連載は平山が「1,5階」の人間でなければ書けなかった。
もし、うちに金銭的余裕があって、大学を卒業し、就職し、結婚し、家庭をもっていたならば、平山はもう東九条には住んでいないだろう。
だとしたらこの連載は書かれてはいなかった。
もし、大学を出て、東九条に住んでいたとしても、平山が「二階」の世界の人間になって「一階」の感性を失っていたならば、この連載を書くことはなかった。
もし、父親が倒れていなかったら、東九条には帰ってこなかった。だとしたらこの連載は書かれてはいなかった。
もし、平山が今のような生活をしていなくて、就職して勤め人になっていたら、この連載は書かれていなかった。
もし、東九条にアバンティブックセンターがなければ、平山は「書き言葉」を身に着けることができなかったので、この連載は書かれていなかった。
もし、あの時、九条河原町で偶然知人に出会って東九条マダンに誘われて参加していなければ、この連載も書かれることは無かった。
もし、…
もし、…
もし、もし、もし、もし、もし、無数のもし、無数の偶然、偶然、偶然、偶然が重ならなければ、この連載は書かれなかった。重なった偶然は必然だ。必然とは運命だ。
ここ6年ほど、悲しく、つらく、痛ましいが続いたけど、必然を生きることができたのならば、運命を成就することができたのならば身体としてこんなに幸せなことはない。
運命を生き切って、またひとつ、自由が咲いた。
もし、をもう一つ重ねるならば、もし、東九条多文化共生エリアの者たちが、この地域や人間を侮辱し差別し収奪し無視しなければ、この連載は書かれなかった。
その度重なる愚行がなければ、この連載は書かれなかった。
この連載は、その奴らの愚行への抗議であり戦いであった。
だがその「二階」という「他者」への抗議や闘争という「型」があったことで、
「歴史」や「構造」を明らかにするという形で、「一階」の世界を晒しものにせず東九条を書く事ができた。
これまで決して表にでることはなかった「一階」の人間のことばを顕すことができた。
「二階」という「他者」による「愚行」があったおかげで、『東九条、死者無き多文化共生の行方』という「型」で東九条という地域を書くことができたのだ。
この「型」が無ければ、東九条のことを書くことなど、できなかった
。
これまで東九条といえば、在日の街だ、東九条マダンだ、多文化共生だ、ジェントリフィケーションだと、「二階」の世界にとって都合のいい一面的な事しか語られてこなかった。
そして「一階」の世界の人間のことばが語られることも聞かれることもなかった。
だが「一階」の世界の人間が東九条について語る事などできない。それはあまりに重いことで、語る事自体が傷をともなうことだからだ。
平山自身にも東九条のことを語る資格などないし、本来、そんなことはしたくもないし、するべきでもない。
だが、あまりにも酷いことが続きすぎた。これ以上沈黙していては、蹂躙され続けるだけだという状況が続いた。
黙っていれば無かったことにされて終わるだけ。何より、自身を生かしてくれる死者たちや歴史が塗りつぶされ殺されていく。書かなければ、殺される。死者たちが、殺される。
連載を書くにおいて、確かにそんな平山自身の個人的な動機や危機感はあった。
だけど、連載を書き終えた今、東九条が変わる、いや、東九条が消えるこの「時」を、東九条は「一階」の人間によって書かれ描かれなければならなかったのだ、と思う。
だから「二階」の連中の愚行があろうがあるまいが、書かれるべき「時」は今だった。
平山が東九条のことを書くという大愚に身を任せることができたのは、「二階」の世界の人たちの愚行のおかげである。
愚かしさがなければ時間は進まず、新たな世界は開かないのだろう。
だけどこれからは、他人の愚かしさではなく、自分自身の愚かしさを一歩目として、歩いていきたいと思う。
運命というならば、
旧大日本帝国による朝鮮の植民地支配は当然断罪されるべき愚行だが、だがその愚行がなければ、平山はこの世に生まれていなかった。
だからといってその愚行は肯定されるべきことではない。
だがその愚行こそが運命でもある。在日のひとつの悲劇とは、自分がこの世に生まれたその運命そのものが歴史的愚行から始まっているということだろう。
自らがこの世に生まれた運命を断罪しなければならないことは、呪いである。そしてこの呪いは代々在日を蝕み縛り続けてきた。
この不条理な呪いのような運命をどう受容し、祝福へと変容するかは人それぞれだが、身体にとっては、それもまた笑い話の一つに過ぎない。
身体は、「わたし」が苦しむのを笑っている。
「わたし」は真剣に苦しんでいるのに、身体は笑っている。
「わたし」が消えるとき、笑う身体だけが残る。
それは呪いが愛に変わる瞬間だ。いや、すでに愛されていたのだと知る瞬間だ。
ここ6年程、あまりにも酷いことが重なりすぎた。
抗議を重ねること、この連載を書くことは「わたし」にとってとても苦しく悲しく痛ましい事だった。
だがその「わたし」の苦しみ悲しみ痛みを
身体は笑っていた。
その苦しみ、悲しみ、痛みは「わたし」にとっては、この世のこの社会での理不尽な出来事への反応だが、
その苦しみ、悲しみ、痛みは身体にとっては、あの世から太陽が、月が、星、闇が生まれる音でしかない。
この世とは「わたし」のことであり、「あの世」とは身体のことである。
一階だ二階だ三階だ何だと散々書いてきたが、
それは「わたし」の話であって、身体は太陽、月、星、闇が生まれさえすればそんなことはどうでもいいこと。
一階だ二階だ三階だ在日だ東九条だ差異だ同一性だ人間だ国民だ民衆だなんだなんて「わたし」は
身体が生む太陽、月、星、闇の「影」でしかない。
「わたしとは何か?」なんて命題が何千年とくりかえされてきたが、答えはかんたんだ。
笑えないのが「わたし」で、笑っているのが身体だ。
笑えないのが「わたし」で、笑っているのが死者だ。
笑えないのが「わたし」で、笑っているのが太陽月星闇だ。
笑えないのが「わたし」で、笑っているのが世界だ。
連載でも書いたが、朝鮮のババアたちが集まってけ大声で笑う「時」を見るのがおれは好きだった。
朝鮮のババアたちが笑う時、世界そのものが笑っていた。
朝鮮のババアたちが笑う時、太陽月星闇が笑っていた。
たしかに朝鮮のババアたちは狂っていたし、暴力そのものだったし、理不尽不条理そのものだった。多くの人を傷つけてきた。
だけど、朝鮮のババアたちは世界そのものだった。自然そのものだった。
朝鮮のババアたちの「わたし」は確かに壊れていた。だが、朝鮮のババアたちの身体は確かに笑っていた。朝鮮のババアたちの世界は確かに笑っていた。
だけど、今の東九条は、もう、世界そのものが笑うことはなくなった。確かに「わたし」は壊れていないけど、世界は笑わなくなった。
それは「二階」のせいでも、多文化共生のせいでも、アートのせいでも、「三階」のせいでも、ジェントリフィケーションのせいでもない。
「わたし」が身体を無くしたからだ。
「わたし」が死者たちを無くしたからだ。
「わたし」が太陽月星闇を無くしたからだ。
「わたし」が世界を無くしたからだ。
「わたし」が「わたし」を虚構するあまり、ただただ笑えない身体、笑えない死者、笑えない太陽月星闇、笑えない世界になった。笑えない東九条になったのだ。
この5,6年、東九条多文化共生エリアと関わって、笑えない事ばかりだった。
怒り、悲しみ、痛み、惨めさ、無念さ、…
それでも、身体はずっと笑っていたのだ。それは「わたし」にとっての救いだった。
実際何が苦しかったって、おれは笑っているのに「わたし」は笑えなかったということだ。
この連載を含めて6年ほど、もう「笑えないこと」はやり尽くした、おれは「わたし」をやり尽くした。
「わたし」は身体に、もどる。
生き生きと死に、死死として生きる。
生き生きと笑い、死死として笑う。
この連載でながながいろいろごちゃごちゃと書いてきたけれども、そんな難しい話じゃ無いんよ。
おはよう、ごめんなさい、ありがとう
それだけあれば、世界は再生する。他者は復活する。
だけど、「わたし」は、おはよう、ごめんなさい、ありがとう が言えないのよ。だから世界が笑わない。
東九条は、おはよう、ごめんなさい、ありがとう、ということばが届かないところまで消えてしまった。
だから、さようなら。
さようならで他者=世界は終わる。
他者の死と復活、世界の消滅と再生。
宇宙は明滅をくりかえす。
それは永い時間のまばたきだ。
壊れた土地、壊れた社会、壊れた世界、壊れた「わたし」を生きることは、処処艱難辛苦が伴うが、壊れた「土地=わたし」は宇宙に極めて近い。社会からは遠いが宇宙に近い。
平山にとって、東九条は、宇宙にいちばん近い大地だった。
この連載でも書いたが、東九条は、どこにでもあるふつうの街になる。ふつうの社会になる。どこにでもある「わたし」しかいないふつうの街になる。
それは「わたし」にとって良い事なのかもしれない。
だけどそれは、大地から宇宙が閉ざされるということでもある。
平山は便宜上、「東九条」と書いてきたけれども、平山は東九条のことなんて何もしらない。
平山が知っているのは、実際に自分が生きて生活している宇賀辺町の中のほんの一角と、幼いころ住んでいた南松ノ木町の狭い路地だけ。
この連載を書き終えて、平山は、東九条から、宇賀辺町へ帰る。
まだ宇宙が開いている、宇賀辺町のあの一角へ、帰る。
さようなら、東九条。
この連載を、
かつてここに、東九条という街があったという、その置き石として残す。
さようなら
宇宙が閉じた土地や人間は、もはや生きてはいない。
それは東九条ではなく、ただの京都駅東南部エリアでしかないし、東九条多文化共生エリアでしかない。
それは世界ではなく、エリアでしかない。それは大地ではなく、エリアでしかない。
エリアには、「亡霊=わたし」だけがいる。
あなたは亡霊じゃない。
亡霊は、あなたじゃない。
身体が無い亡霊は、大地の無い亡霊は、
あなたではない。
東九条は、あなたではなくなった。
あなたが消える、今この時に
さようなら、東九条。
わたしは、
これから
まいにちまいにち
こなたに生きて
かなたに死んで
こなたに生きて
かなたに死んで
あなたが無量無数に
顕れる身体を
死者たちがよみがえる墓を
たがやします
あなたが
ふたたび満ち満ちて、踊り歌い語り笑い狂う
その新しい世界はもう、東九条と呼ばれることはないけれども
その時の顕れまで
その身体の顕れまで
東九条
さようなら
2026年9月12日