作られたフィクションをノンフィクションのように見せるのは、端的に「捏造」であり「詐欺」である。嘘大げさまぎらわしい。
「事実」と「物語」は違う。連載前回において書いた、東九条の在日韓国朝鮮人への差別扇動デマゴーグ演劇をする劇団九条劇の浜辺ふうと山崎なし。
これを多文化共生系レイシズムと呼んだ。浜辺ふうが何故そんなことするのかは、在日韓国朝鮮人を差別することがその直接の目的ではない。
そのデマゴーグによって作られているのは「わたし」である。「浜辺ふう=わたし」という自己イメージを生成するためにそのデマゴーグ演劇は行われている。
それが例え「捏造」されたものであっても「わたし」は「わたし」。
「わたし」が「わたし」を捏造し、その「捏造されたわたし」がさらに「わたし」を捏造していく。虚無だけが、ぽっかり穴をあけて。
浜辺ふうのホームページからプロフィールを引用する。(九条劇ホームページhttps://kujogeki.wixs)
以下引用━━━━
浜辺ふう
九条劇主宰
京都・東九条生まれ。朝鮮半島の文化と日本の文化が交わった地域で育ち、6歳のときに自分が日本人だと知らされ衝撃を受ける。
以来、植民地支配の歴史を自身の問題として生きてきた。また、幼い頃から参加していた地域のまつり「東九条マダン」でマダン劇に出演したことをきっかけに演劇に興味を持つ。
立命館大学に在学中、アメリカン大学(DC)へ留学。国際関係学・平和学を学ぶと同時に学生団体を設立し、東アジアにルーツを持つ学生たちと 演劇作品を制作した。
卒業後、韓国へ留学。
高麗大学国際大学院(ソウル)を2017年夏修了。2018年6月、生活の延長線上として演劇活動をしていくためにソロユニット〈九条劇〉を設立、「一人芝居 ウリハラボジ」を公演した。
━━━引用以上
>以来、植民地支配の歴史を自身の問題として生きてきた。
とある。
植民地支配の歴史を自身の問題として生きてきた日本人が、
日本人の自分に通名が無いことが理不尽だ、とか
日本人が民族学級に入れないのはおかしいだ、とか
「日本人が民族学級に入れないことが在特会の事件に重なる」とか、
そんな事を言うわけがない。絶対にそんなことを言うわけがない。
植民地支配の歴史を自身の問題として生きてきた日本人浜辺ふうのパートナー山崎なしが
「(在日の一世、二世の怒りや悲しみ)そういうのに反発するのがモチベーションでやってるんすよね。」
なんて言うわけがない。
浜辺ふうのプロフィールにある、植民地支配の歴史を自身の問題として生きてきた。というのは虚言でしかない。
浜辺ふうは全く辻褄の合わないことを言う。こんな嘘を平気でつけるというのはちょっと恐ろしい。これは一体どういう事態なのだろうか?
浜辺ふうの特徴は、その言行が現実とまったく辻褄のあわないぼんやりしたイメージでしかないということである。
だから浜辺ふうが言う「植民地支配の歴史を自身の問題として生きてきた」というのも中身の無いただのイメージである。
他人や社会に向けた「セルフイメージ」でしかない。だから他の発言と全く辻褄の合わないことがあっても浜辺ふうは気にならない。全てぼんやりしたイメージだから。
在日韓国朝鮮人に限らず、マイノリティや底辺層の人間は、アイデンティティの問題以前に、人生そのものがサバイバルである。
命や生活、魂の生死を賭けて生きている。「わたし」のことやアイデンティティの問題にかかり患っている暇はない。
それは「わたし」という幻想ではなく現実そのものを生きているからである。「わたし」の問題で悩み苦しむことができるというのは、ある意味贅沢で恵まれたことなのだ。
浜辺ふうが「何で日本人である「わたし」は民族学級に入れないのだ」と不当要求していたその同じ東九条で、ある在日は家族から壮絶な暴力を受けていた。
浜辺ふうが「在日に生まれたかった」と思い悩んでいたその同じ東九条で、ある在日は重なる絶望に疲れ果ててそのこころを狂気の中に閉ざした。
浜辺ふうが、
>立命館大学に在学中、アメリカン大学(DC)へ留学。国際関係学・平和学を学ぶと同時に学生団体を設立し、東アジアにルーツを持つ学生たちと 演劇作品を制作した。
卒業後、韓国へ留学。高麗大学国際大学院(ソウル)を2017年夏修了。
という「二階」「三階」の世界を謳歌しているその同じ東九条で、ある在日は、何も言わず自ら命を絶った。
浜辺ふうが「わたし!」「わたし!」「わたし!」と「わたし」をわめき散らしているその同じ東九条で、ある在日は今日も「運命」に殺されながら現実を生きている。
東九条の「一階」の現実など生きたことも見たことも無い、そんな浜辺ふうが、在日韓国朝鮮人のこどものための「民族学級」がレイシスト集団の在特会の事件と重なる、と新聞で宣う。
そんな浜辺ふうのパートナーの山崎なしが、「(在日の一世、二世の怒りや悲しみ)そういうのに反発するのがモチベーションでやってるんすよね。」と宣う。
いつもそうだが、「二階」「三階」の住人は、自分たちのその言動が「一階」の人間の生活や現実を歪め、時に危険にさらすことが理解できない。
浜辺ふうの>「民族学級が在特会の事件と重なる」発言は民族学級の存続そのものを揺るがす危険な発言であり、在日韓国朝鮮人の社会そのものを危険にさらす発言である。
でもそんなことは浜辺ふうには関係はない。浜辺ふうにとっては在日韓国朝鮮人の社会より「わたし=幻想」の方が大切だからである。
「一階」の住人である「持たざる者」は現実を現実のままに生きざるをない。そこには何の幻想もイメージも無い。
「持つ者たち」は幻想を生きることができる。イメージの世界を生きることができる。「持たざる者」とは「幻想=わたし」すら生きることができない者のことである。
それはいい。運命だ。
問題は、「持つ者たち」のその幻想やイメージが現実を歪めてしまうことである。
浜辺ふうのような「持つ者たち」の幻想やイメージによって、「持たざる者」の現実が歪められてしまうのである。
そしてその「歪められた現実」は確実に「持たざる者」の生活や人生を破壊してしまう。
浜辺ふうだけではなく、東九条に関わる「二階」「三階」「四階」の「持つ者たち」のやっている多文化共生やアートやアカデミアという幻想やイメージやことばが、
「一階」の「持たざる者」の現実を歪めていく。
現実が歪められると、その現実を生きる人間が死ぬのだ。
さて、「二階、三階」の住人である浜辺ふうが、どのようにして東九条の、および在日韓国朝鮮人の「一階」の現実を歪めているのかを見てみよう。
九条劇ホームページのweb魚拓のhttps://megalodon.jp/2025-1019-1235-58/https://kujogeki.wixsite.com:443/website
〈九条劇〉第三回公演『キルト』の文章より引用する。
以下引用━━━
歴史が重ね縫われたまち、東九条。
『キルト』は、植民地下の朝鮮から現在の京都まで、プンムルのリズムに乗りながら時代・民族・国籍を飛び超えて描かれる音楽劇。
音と言葉が溶け合い、歴史と人が混ざり合うとき、「東九条文化」がダイナミックに立ち現れる。〈九条劇〉第三回公演!
日本文化と朝鮮文化の境い目に生まれ育った私にとって、創作活動の原点はまさに自分のルーツの捜索活動だった。
東九条という地域について、そこで育った自分について、私はずっ と考えてきた。劇団まで立ち上げ、芝居までつくって。
自分を撚っている糸を一本一本分解し、歴史と人間の編み目を一度解きほぐすこ とが、このまちで続きを織るには必要だったのだと思う。
在日コリアンの集住地域である東九条は、ただ小さなコリアとして存在するのではない。
ここは朝鮮人と日本人がぶつかりながらまた肩を抱き 合いながらつくったまちである。
それは近年さらに多様な人々を受 け入れ鮮やかさを増している。そのまちのあり方に代表されるもの の一つが「東九条マダン」であると私は思っている。
マダンと同じ 1993年生まれの私にとって、マダンは遊び場であり、学び場であり、 居場所であった。
マダンで生まれる音楽や芸術文化は、上から与え られたものではなく、朝鮮から渡った人々が伝え、
また日本でそれに出会った在日コリアンとその音に惚れ込んだ日本人たちが、まさ に血と汗の結晶として生み出したものだ。
私は、朝鮮の文化と日本 の文化が混ざりあった、この東九条で生まれ育った日本人なのだ。
━━━引用以上
平山が読むにこの「物語」は「捏造」である。これは浜辺ふうが創作した「偽東九条物語」である。少し検証してみよう。
>歴史と人が混ざり合うとき、「東九条文化」がダイナミックに立ち現れる。
「東九条文化」なるものは東九条地域のどこにも存在しない浜辺ふうの妄想の産物である。
それに>歴史と人が混ざり合うというのは具体的に何のことなのだろうか?というか混ぜるなよ、勝手に。
100000歩譲ってそのような「文化」があるのだとしたら、「東九条多文化共生エリア限定文化」と正確に言うべきである。
>日本文化と朝鮮文化の境い目に生まれ育った私にとって、
東九条には「日本文化」なるものも「朝鮮文化」も存在しない。
また、浜辺ふうのいう「日本文化」とは具体的に何のことなのだろうか?「文化の不毛地帯」、それが東九条である。
東九条には本当の意味で地域に根差した文化が無い。東九条には生活に根差した文化が無い。
それが東九条の本当の問題なのだ。東九条には盆踊りすら無いことに浜辺ふうは何の疑問も抱かなかったのだろうか?
もし仮に、東九条に「日本文化」なるものがあったのなら現在の東九条はもっと賑わいがあったし、東九条を出ていく人は少なかったはずである。
それを文化というのかどうかはわからないが、東九条という地域には人間のこころのよりどころとなる何かが無い。
だからこの地域はずっと殺伐としている。そんなことを全く無視した浜辺ふうの物語はとにかくすべてがふわっとした適当なイメージでできている。
>在日コリアンの集住地域である東九条は、ただ小さなコリアとして存在するのではない。ここは朝鮮人と日本人がぶつかりながらまた肩を抱き合いながらつくったまちである。
東九条のことを都合よく美化しすぎである。東九条は差別と収奪と暴力の街である。そしてその「後遺症」は見えないだけで、今現在でも続いている。
それに浜辺ふうは東九条全域でなく、「狭域の東九条=多文化共生エリア」の「二階の世界」しか知らないわけで、だけど当然「狭域の東九条」にも「血みどろの生活」があった。
そういう現実を全て無視して日本人である浜辺ふうがきれいなイメージに書き換えるのは「塗りつぶし」であり「簒奪」であり「きれいな歴史修正主義」である。
そしてこの文章もまた何の具体性も無いふわっとしたイメージである。
>マダンで生まれる音楽や芸術文化は、上から与えられたものではなく、朝鮮から渡った人々が伝え、
また日本でそれに出会った在日コリアンとその音に惚れ込んだ日本人たちが、まさに血と汗の結晶として生み出したものだ。
これも捏造であり「歴史修正」である。平山が連載で書いてきたように、
東九条の「朝鮮の文化っぽく見えるそれ」は「階級上昇した二階の住人」である梁民基氏が「輸入」してきた「民衆文化運動」のそれである。
しかもそれは「90度傾いて水平方向になった民衆文化運動」である。
東九条マダンもその核となったハンマダンも「階級上昇した二階の」人たちが中心となってやっている集まりなのだから、「一階の地域住人」から見ればそれは「上から下」の文化である。
浜辺ふうがそれを認識できないのは浜辺ふう自身が「階級上昇している二階の住人」だからである。
浜辺ふうは「自分が「一階」だと勘違いしている「二階」の人間」なのだ。
そして「二階のまつり」である東九条マダンは東九条地域「一階」の住人と「乖離」していることは平山が散々指摘したとおりである。
そして東九条マダンを運営していた人たちは、東九条マダンをやる生活上の「余裕」があった人たちである。
東九条にはそんな「文化的なこと」をやる経済的、精神的余裕のある人なんて極少数だった。
そして東九条マダンは「文化」ではなく「運動」なのだ。東九条マダンの演目で上演されている朝鮮の音楽やら演劇は、「文化」ではない。
なぜならそれらは「生活」に根差した表現ではないから。日本人も一緒に朝鮮の楽器を演奏する、それは東九条マダンの素晴らしいところだが、その日本人は在日としての「生活」をしていない。
文化とは生活に根差したものなのだ。だから東九条マダンのそれは「文化」ではなくあくまで「運動」、「民衆文化運動」なのだ。そして浜辺ふうはくしくも
>マダンで生まれる音楽や芸術文化
と言ってしまう。ちがう。芸術文化ではなく、「民衆文化」なのだ。ちょっとした言葉のちがいでは済まされない間違いである。
梁民基氏なら絶対に「芸術文化」とは言わない。むしろお高く留まった「芸術」への批判の意味も込めて「民衆文化」と高らかに謳ったのだ。
だから「民衆」ということに拘ったのだ。東九条マダンの表現を「芸術文化」と言ってしまう浜辺ふうのこの薄っぺらさ。芸術ではなく「芸能」ならまだわかる。
だけどこうして簡単に「芸術」ということばを使うところが浜辺ふうがやはり「二階」の住人であり、
浜辺ふうからはもはや「民衆文化運動」ということばすらなく「多文化共生」ということばしか出てこない所以であろう。
浜辺ふうは東九条マダンのことすら何もわかっていないのである。
>朝鮮から渡った人々が伝え、また日本でそれに出会った在日コリアン
とは具体的にどの朝鮮人のことなのだろうか?日本の植民地支配によって農耕地を奪われ仕方なく日本に来た在日一世の人たちのことなのだろうか?
それとももっと遡って朝鮮通信使のことか?この文章の「>朝鮮から渡った人々」とは一体何のことを言っているのか全く意味不明の文章である。
それに東九条の在日一世たちはド底辺のド貧乏で、極極極一部の例外を除いて、楽器なんて触っている余裕などなかったのだ。
だから繰り返し平山が書いている通り、東九条に在日の一世から伝承された朝鮮文化など東九条には無い。
親から子、子から孫へ伝わった文化は無い。そういう意味において東九条に「朝鮮文化」など存在しない。
「東九条マダン」が朝鮮人の文化だと認識できてしまうのは、浜辺ふうが「日本人」だからである。
在日としての「生活」をしてきた東九条の在日韓国朝鮮人にとって東九条マダンに「現実味」を感じることは無いしそれを「朝鮮のまつり」だと認識することは無い。
これもまたふわっとした「イメージ」である。よって、浜辺ふうの
>日本文化と朝鮮文化の境い目に生まれ育った私にとって、
という「舞台設定」そのものが浜辺ふうの「捏造」であることがわかる。そう、浜辺ふうにとって東九条は生活の場ではなく「舞台」なのだ。
「わたし」が主役の舞台。浜辺ふうにとっては東九条も在日韓国朝鮮人も、差別もレイシストも多文化共生も何もかも、浜辺ふうを輝かすための「脇役」や「舞台装置」でしかない。
フィクションとしての演劇ならそれでもよいかもしれないが、浜辺ふうの悪質さはそれをノンフィクションの演劇として提示してしまうところである。
それが浜辺ふうの危険性である。浜辺ふうの「捏造物語」を東九条や在日韓国朝鮮人のことを知らない人はそれを「現実」だと受け取ってしまう。
連載前回で書いた、浜辺ふうの京都新聞でのデマゴーグ記事と全く同じである。これはマジョリティからマイノリティへの「簒奪」や「塗りつぶし」である。
浜辺ふうがやっていることは日本人による在日韓国朝鮮人の生活や文化や物語の「植民地化」である。
だから浜辺ふうの書く東九条や在日朝鮮人のイメージは浜辺ふうにとって、あるいは「日本人」にとって都合のいい「物語」である。
さらに言えばそれは「多文化共生にとって都合のいい物語」である。多文化共生にとって差別や収奪や暴力は都合の悪い現実だからである。
そしてついに「東九条文化」なるありもしない文化をでっちあげるに至っては失笑するしかない。
この「物語」のことを「浜辺ふうの東九条多文化共生お花畑史観」と呼ぶことにする。
東九条の現実を多文化共生にとって都合の良いように歴史修正し具体性のない、ふわっとした日本人受けする東九条のイメージであり、
かつ浜辺ふうの幼児的万能感を満たす物語としては「浜辺ふうの東九条多文化共生お花畑史観」という名称がぴったりである。
そして「浜辺ふうの東九条多文化共生お花畑史観」は東九条の「外」からやってくる「二階」の日本人にとってとても都合がいい。
「お花畑の物語」に浸っていれば「差別」の問題や東九条の現実や痛みと向き合わなくてすむからである。
しかし東九条には当然日本人からの差別や暴力や収奪があった。そして時に在日韓国朝鮮人も暴力と収奪の「加害者」でもあった。それは事実だ。何が
>ここは朝鮮人と日本人がぶつかりながらまた肩を抱き合いながらつくったまちである。
だよ。嘘つくな。浜辺ふうのやり口は全てこれ。東九条の凄惨な現実をお花畑のイメージで塗りつぶしておいて、自分は民族学級から排除された悲劇のヒロイン。よくもこんなことが言えるわ。
作り話にしても程度が低すぎる。だけど浜辺ふうのこのふわっとした「イメージ」や「物語」によって東九条に関わろうとする日本人は現実を直視しなくて済むし、
現在もある差別の問題に向き合わなくて済むのだ。現実に今ここにある痛みや傷に直面しなくて済むのだ。今なお続く「かつて東九条にあった差別暴力収奪の後遺症」を無かったことにする。
そんな「浜辺ふうの東九条多文化共生お花畑史観」は「多文化共生」にとって非常に都合がいい。
だから「浜辺ふうの東九条多文化共生お花畑史観」には「需要」がある。
そんなことのために民族学級はスケープゴートにされ、東九条の在日は逆差別する「加害者」扱いされる。
そうすることで、差別や収奪という在日の現実を遠ざけておくことができる。「反差別」を言うめんどくさい在日を黙らせることができる。
このような土壌があるからこそ、中川眞のようなデタラメな研究者が東九条地域で妄想を垂れ流すことができるのである。
浜辺ふうは「現実の東九条」を生きることを拒絶して、自身にとって都合のいい「イメージの東九条」を生きている。現実の自己ではなく、「イメージの自己」を生きる浜辺ふう。
しかし問題はそのイメージが「現実の東九条」を歪めてしまうことだ。
東九条の現実を知る者、在日韓国朝鮮人の現実を知る者は、在日や日本人もこれまで直接「浜辺ふうの東九条多文化共生お花畑史観」に苦言を呈してきた。
だが浜辺ふうはその苦言を一切無視しつづけてきたことは連載前前回に書いた通りである。多文化共生だのなんだの言うわりには浜辺ふうは対話を拒絶する。
浜辺ふうは「わかってほしい」と言うくせに、在日韓国朝鮮人のことや東九条のことを理解しようとは一切しない。
なぜなのだろうか?
そこに深い理由があるのだろうか?
そんな理由は、無い。
何故無いと言い切れるのか。
浜辺ふうはおもんないから。
浜辺ふうはおもんない。
浜辺ふう、おまえおもんないねん、
である。
主張と全くつじつまの合わない「植民地支配の歴史を自身の問題として生きてきた」というプロフィール。
具体性のないふわっとした東九条の捏造イメージの羅列。自分に都合のいい物語。自他の区別のつかない幼稚性の発露。
真実や現実を表現するのではなく、観客や一般人の無知に付け込んで感情を煽るだけのデマゴーグ演劇。在日韓国朝鮮人への逆恨み。差別扇動新聞記事…
浜辺ふうは笑えない。おもんない。
浜辺ふうは東九条の、あるいは在日の「イメージ」を操作して自分に何か「在る」ように見せているが、
その「イメージ」を全てはぎ取ってみれば、浜辺ふうは「どこにでもいる普通の日本人」なのである。
もちろんそれが悪いわけでもダメなわけでもない。
だけど、「どこにでもいるふつうの日本人」が「在日になりたい」「在日に生まれたかった」と一生懸命在日のコスプレをしている、という倒錯した笑えなさがある。
そう、浜辺ふうがやっていることは「わたしがかんがえた東九条の理想の在日のコスプレ」である。
だからおもんないし、当事者からすれば笑えない。そして笑って許していいものではない。
狂気があるわけでもない。思想があるわけでもない。そこまで病的でもない。深み、高みがあるわけでもない。無念さがあるわけでもない。
普遍的な怒り悲しみがあるわけでもない。その何もない自分に「東九条」とか「在日」とか「民族学級に入れなかった」とか「多文化共生」とかで「虚飾」しているだけ。
だから何もおもしろくない。全てが何の現実も無い虚飾だから。「一階」の現実を生きる者にはそれが虚飾であることはすぐわかる。
それが虚飾であることを見抜けないのは東九条の外から来たアカデミアの「二階」「三階」の「かしこ」だけ。
「日本人だから民族学級に入れなかった」というエピソードだけが浜辺ふうが他人や社会という「観客」にアピールできる「物語」で、浜辺ふうにはそれしかない。
それしかないから手放せない。これを手放したら浜辺ふうはどこにでもいる「ふつうの日本人」「その他大勢の日本人」でしかなくなる。
だからそれが差別だ何だと言われても浜辺ふうは絶対にこの「物語」を手放すことはできない。
みんなに注目される特別な「わたし」でいたいだけ。
ただそれだけのことである。浜辺ふうがやっているデマゴーグ演劇の動機に特に深い理由など何もないのだ。
例えば「日本人だから民族学級に入れなかった」というエピソード。これ、別に面白くとも何ともないエピソードである。
在日に限らずマイノリティであれば、その属性故に諦めなければならないことや不条理などたくさんあって、こんなの世のなかにありふれた「物語」である。
マジョリティだって自身が生まれ育った環境によって「不条理」にもあきらめなければならないことなどたくさんある。こんな事はふつうのことである。
希望の家カトリック保育園で「多文化共生教育」を受けた日本人浜辺ふうが、朝鮮人のための民族教育をするための「民族学級」に入れろと駄々をこねる。
こんな主張をしているのは東九条の中で浜辺ふうだけなのである。
もし仮に希望の家カトリック保育園の卒業生で何十人、何百人単位で浜辺ふうのような主張をする人間がいるのであればそれは何某かの普遍性のある主張だとも思えなくも無いが、
こんな荒唐無稽な主張をしているのは浜辺ふうだけである。しかも「浜辺ふうの東九条多文化共生お花畑史観」まででっちあげて。
まことにまことに、おもんない。
ここまで差別だ収奪だ、植民地化だ、歴史修正だ何だとおれはいろいろ書いてきたが、浜辺ふうの一番の問題は
おもんない。
これに尽きる。関西人がよく言う
「おまえおもんないねん」
である。
浜辺ふうは、おもんない。
レイシスト山崎なしの
「(在日の一世、二世の怒りや悲しみ)そういうのに反発するのがモチベーションでやってるんすよね。」
という発言。これが「おまえおもんないねん」の極みといえるだろう。この発言は全く笑えない。在日としてではなく、「人間として」笑えないのだ。
関西弁の「おもしろい/おもんない」というのは、話がおもしろいとか変わった人だとかそういう事ではない。
難しいニュアンスだが、人の尊厳を平気で踏みにじるような奴、人の道を踏み外した奴、ようは外道や「クズ」にこそ「おまえおもんないねん」と言う事が多いのではないだろうか。
あまりに酷すぎる、「だからおまえの存在を許さない」あるいは「だからおまえは存在していない」「だからおまえは存在を許されない」という意味が近いかもしれない。
本来人間は存在しているだけで無条件に「おもしろい」のだ。
だけどその「おもしろさ」を感じないほどに酷い事をするということは「存在していない」ということであり、すなわちそれは「おまえおもんない(存在していない)ねん」となるのだ。
だから、浜辺ふうも、山崎なしも「おまえおもんないねん」である。
平山周辺の東九条にはクズやキチガイはいっぱいいたけど「おもんないやつ」なんてひとりもいなかった。
浜辺ふうは日本人なので当然在日ではないから在日としての「おもしろさ=存在」は無い。それはいい。だけど、東九条の住人としての「おもしろさ=存在」が何もない。
おもんない。東九条…というか、平山の周辺の東九条の住人はクズだしキチガイだし、まあ、酷い奴ばっかりだったけど、おもしろかった。
深刻に悲惨で惨めで底抜けにおもしろい奴ばっかり。「在るが在る」というおもしろさ。「現実だけが在る」というおもしろさ。そこに嘘や虚飾や「イメージ」は一切無い。
これは東九条に限らず底辺層の現実を知っている人ならわかる感覚だと思う。みんな無限を生きる(生きさせられる)から現実の生活が破綻してしまうという悲しさがあるのだが。
平山の周辺の東九条の「一階」の住人はとにかくおもしろかった。何というか、こころが豊穣すぎてその豊饒さに苦しむ感じ。こころ過剰、身体過剰、感情過剰、存在過剰、過剰の過剰。
それは「物語」としておもしろい、という事ではなく、「存在している」というおもしろさのことである。存在の横溢。「沈黙」あるいは「叫び」のおもしろさである。
それに比べると浜辺ふうの、
>朝鮮半島の文化と日本の文化が交わった地域で育ち、6歳のときに自分が日本人だと知らされ衝撃を受ける
とか、「多文化共生教育」を受けた日本人浜辺ふうが、朝鮮人のための民族教育をするための「民族学級」に入りたかったとか、
おもんないねん。
中身が何もない。存在がない。ただただ自分の事がかわいいだけ。全ては「わたし」を虚飾する「エピソード」。
だからそこには人間の悲しみも無念も何もない。ただただ他者性のない幼児性の発露だけ。
そして成人してからもこんなことをずっと言い続けるというのは、浜辺ふうが三十数年生きてきて、全く「成熟」しなかったっていうだけでしょう。
永遠の六歳児、永遠の小学三年生のいう事に何の意味も意義もないよ。成熟を拒絶した人間の言う事やる事なんて何もおもんないねん。薄っぺらい。
現実や存在を生きた人間は、こんな薄っぺらい「物語」に騙されたりしないんよ。
だから、普段ならこんなおもんない奴相手にもしないが、ただ浜辺ふうのやっていることが「差別」と「収奪」と「植民地化」だからこれだけしつこく書いたり抗議したりしている。
差別は社会を壊すから、である。成熟できない浜辺ふうのことなどどうでもいいが、社会が壊れるのは困るのよ。それはさておき、
なぜ浜辺ふうはいろんな「物語」をでっちあげ、何年も何年も「不当要求」し続けるのか。
それは浜辺ふうに「わたし」が無いからである。とても悲しいことだが浜辺ふうには「わたし」がない。
もっと厳密に言うならば、そこから「わたし」が生じてくるような「歴史」や「大地」…つまり「現実」や「存在」が浜辺ふうには無い。
だから浜辺ふうの場合、「わたし」が「わたし」を「作り」続けるしかない。だが、自然に『何か』から生じた「わたし」ではなく、「わたし」が「わたし」を作る時、それは必ず「捏造」になる。
その「捏造」がマイノリティを巻き込む時それは差別や収奪となってしまうのである。
「捏造」であるがゆえに浜辺ふうは「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」…と「わたし」の「物語」を、観客に「承認」されるかたちで演じ続けなければならないのである。
「捏造されたわたし」であるがゆえに、それが「不当要求」や「差別」であったとしてもひたすらそれを「承認」させようとする。
在日には「捏造されたわたし」は拒絶される。
ならば東九条や在日のことに「興味関心が無い」かつ「反差別とかめんどくさいことしたくない」アカデミアやアートの場で公演をやって「承認」させようとするのである。
「捏造されたわたし」である浜辺ふうは「わたし」すらない「 」という虚無である。
だから、それがどれだけ間違っていても、浜辺ふうが地域住人からの苦言を一切聞き入れないというのは、
例えそれが「捏造されたわたし」でもその「捏造されたわたし」すら手放してしまったら、いよいよもう何も残らない本当の「 」になるからである。
そしてさいごには「 」も消えて となる。
確かにそれは恐怖だろう。だけど、浜辺ふうのやっていることは「差別」であり「収奪」であり「植民地化」である。何より浜辺ふうは現実を歪めている。
現実を歪めるとその被害を受けるのは、現実そのものを生きる底辺層の住人である。
「わたし」も無い、「わたし」が湧出してくる『何か』も無い浜辺ふうはその実存そのものがまさに「おもんない=存在していない」のである。
そう考えると東九条の一階の住人の苦しみとは浜辺ふうとは逆で大地が豊穣すぎて、大地が過剰すぎて「わたし」がどんどんあふれて止まらないという苦しみだったと言える。
だから浜辺ふうや東九条マダンや多文化共生エリアの人たちを見て、なんか東九条っぽくないなーとおれが感じるのはそこに過剰さや豊穣さが無いからである。人権意識が高くていい人たちだけど。
「捏造されたわたし」は浜辺ふうだけではない。東九条多文化共生エリアにはこんな大小さまざまな「 」=虚無が活動している。
そして虚無が虚無を呼び込むように、外から新たな虚無がやってくる。大地や歴史の無い、「根無し草」の「 」=虚無がやってくる。
東九条多文化共生エリアは「おもんない」奴のたまり場になっている。
なぜ昔から東九条には外から多くの人がやってくるのだろうか?こんな差別と貧困と収奪があふれる底辺層の街に、何の魅力があるのだろうか?
浜辺ふうの事例を通してひとつわかることは、「根無し草」の「 」=虚無は大地を求めてやってくるのではなかろうか。
自らに大地や歴史が無いのであれば、他人から大地や歴史を収奪するしかない。
それが東九条という「豊穣」で「過剰」な大地だったのではないか。
「捏造されたわたし」の群れは、現実を求めて、寄生できる大地を求めて、こころを求めて、身体を求めて、歴史を求めて、「現実」を求めてこの東九条にやってくる。
だが、連載前回の中川眞を見ればわかるように、その「現実」はアカデミアやアーティストがすぐに自分の都合のよい「物語」に書き換えぬりつぶしてゆく。
そうして東九条地域から「現実」や「存在」、「大地」は無くなっていく。東九条出身でありながらそれをやっているのが浜辺ふうである。
だがそれをやっているのは浜辺ふうだけではない。そもそも「多文化共生」というもの自体が東九条に無かったものである。多文化共生自体はもちろん良い。
だが、多文化共生がひとつの「物語」となる時、それは現実を歪めてしまう。
東九条には昔から多くの「階級上昇した二階」の人間がやってきた。そしてそれは本当に多くの東九条の「一階の住人」の生活を改善した。
それは事実である。だけど、今や逆転してしまったのである。
「一階」の昔からの、「現実そのものを生きた」住人は死んでいなくなった。そのこどもや孫たちも東九条という地域を忌み嫌ってほとんどが東九条を去った。
つまり、東九条の「一階」の力や勢いや生命力や豊穣さはもう無いのである。東九条の大地そのものが痩せている。
そういう状況だから東九条「二階」の関係者が調子に乗ってやりたい放題できる状況になっている。
ただでさえやせ細っている東九条の「一階」の大地を、「 」=虚無たちがさらに収奪しているということが東九条で起きていることである。
そして「捏造されたわたし」の集団がどんどん東九条の歴史すら「捏造」してゆく。東九条の現実を歪めていく。
今、東九条には「現実の東九条」は存在せず、「捏造されたわたし」によって「捏造された東九条」だけがある。
おれはそのことにここ三年ずっと抗議し続けてきた。「奪うな」「塗りつぶすな」「捏造するな」と。大谷通高の差別ボードゲーム制作事件や中川眞の東九条歴史捏造事件はその最たるものである。
勘違いしてはいけないのは、東九条の「偽史」に対して「正史」があるということではない。
そうではなく、「歴史」が語られる以前の「大地」や「現実そのもの」が無くなっているということである。
つまりそれは雄弁なことばで語られるものではなく、「沈黙」や「叫び」だけが顕すことができる何かである。
「捏造された歴史」が危険なのは、この大地を破壊するからである。
東九条多文化共生エリアには、この大地が無い。巨大な虚無だけがぽっかり空いている。
そしてその巨大な虚無から「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」
「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」「わたし」…と無量無数の「捏造されたわたし」が出てきてはすぐに蒸発してゆく。
浜辺ふうとはそんな「捏造されたわたし」のひとつにすぎない。
そしてその虚無はゆっくり広がっている。
だから本当の問題は、「捏造されたわたし」を批判し、問う事では無い。破壊された大地をどのようにして回復するかである。
だから本当の問題は、「浜辺ふう」を批判し、問う事では無い。破られた沈黙をとりもどし、再び叫ぶことである。
だから本当の問題は、「偽史」を批判し、問う事では無い。「わたし」がそこから生じてくる沈黙の歴史に身を委ねることである。
だから本当の問題は、「問題」を批判し、問うことでは無い。沈黙の歴史がそこから生じてくる、死者たちと交歓することである。
つづく
「一階」を生きる「持たざる者」は確かに、現実を現実のまま生きざるを得ない。
現実を現実のまま生きることは「わたし」としては不幸なことかもしれないが、人間としてはこの上ない幸運なことなのだ。
おれは今、現実を現実のまま生きるというこの上ない幸せを享受している。
2025年10月19日