【連載】 『東九条、死者無き多文化共生の行方≪15≫』

東九条とは誰なのか、何なのか? その4

「東九条春まつり平山絶叫事件 その①京都市地域・多文化交流 ネットワークサロン施設長、 社会福祉法人カトリック京都司教区カリタス会前川修による地域住人在日韓国朝鮮人弾圧事件」

   
「在日韓国朝鮮人を!差別するやつを許すのか!それがおまえらの多文化共生かあっ!!」
   
「浜辺ふう、おまえはレイシストじゃっ!!」
   
「レイシスト!!東九条から出ていけ!!」
   
「在日韓国朝鮮人を差別するなっ!!」
   
「恥を知れっ!!」
   
「 …っ!!!!!…
   
春のよく晴れた気持ちよい東九条の空の下に大柄の男の怒声が響き渡る。
   
「東九条春まつり」というイベントでの出来事だ。
   
2025年4月26日土曜日、京都市地域・多文化交流 ネットワークサロンにて行われた多文化交流のイベント。 その概要を京都市のホームページ https://www.city.kyoto.lg.jp/sogo/page/0000338952.htmlから引用する。春まつりとは
   
以下引用━━━━
   
   
京都市では、南区東九条の京都市地域・多文化交流ネットワークセンターを拠点として、国籍の違いだけでなく、 高齢者や障害をお持ちの方等多様な背景を持つ人々が共に生きる社会を目指して、様々な取組を通じて本市の地域交流・多文化交流の推進を図っています。
   
 その一環として、各国の料理や音楽を楽しみながら、国籍を問わず参加者同士が交流できる場として、東九条から春を盛り上げる「東九条春まつり」を開催します。
   
   
━━━━引用以上
   
という多文化共生イベントである。 京都市地域・多文化交流ネットワークサロンの登録団体が出店を出し、京都市立芸大出身の音楽家がクラシック音楽の演奏を披露し、 地域のこどもたちがそれまで一生懸命練習してきたダンスを披露し、なんともほのぼのとした平和なイベントである。 会場は地域の住人やこどもたちがいて、たのしく盛り上がっている。
   
そんな場に不似合いな大柄の男の怒声が響き渡ったのだ。ただ事ではない。何があったのだろうか?事の経緯はこうである。
   
①2024年9月14日、京都市立芸術大学が主催する「芸術と社会の交差領域におけるメディエーター育成事業「共生と分有のトポス」 のプログラムとして浜辺ふうが出演する『会話劇リリース』が上演される。『会話劇リリース』を見た平山の在日の友人がその内容があまりにも酷かったということを平山に伝える。
   
②2024年12月7日、平山が浜辺ふうの九条劇に質問のメールを送る。 質問の内容は「在日になりたかった」「在日に生まれたかった」というセリフがあったのかどうか?という内容のメールである。
   
③2024年12月26日、最初に送ったメールに返信がないので再度浜辺ふうに質問のメールを送る。このメールにも返信は無し。
   
④2025年1月6日京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAに『会話劇リリース』ついて電話で問い合わせ。
   
⑤2025年1月10日京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAへ『会話劇リリース』ついて申し入れ文を送る。
   
当初は、浜辺ふうに「在日になりたかった」「在日に生まれたかった」というセリフがあったのかどうか? という質問に対する回答があればその回答に対して平山の意見を述べてそれで終わりにするつもりであった。正直、浜辺ふうと関わり合いになりたくなかったからである。 おもんないから。ただ、沈黙は追認なので、「在日になりたかった」「在日に生まれたかった」というセリフに対しては抗議はしておこうと思ったのでメールをした。 メールで抗議だけしてそれで終わらせるつもりだった。 しかし全く返信が無かったので、文章に残るかたちで抗議はしなければならないということで、 『会話劇リリース』の主催である京都市立芸術大学に電話をしたうえで「申し入れ文」をメールで送付。現在対応待ちである。 『会話劇リリース』のもう一人の出演者であるラッパーFUNIには9月16日にツイッターの引用リツイートで批判する文章を書いている。 それに対しラッパーFUNIからはキモイやダルイや卑怯という程度の低い平山への人格攻撃しか返ってこなかったのでそれ以上相手にする必要なしと判断した。
   
そして2025年4月26日土曜日、東九条春まつり。司会は浜辺ふう。 浜辺ふうには平山からのメールに返信するつもりがあるのか無いのかの確認だけをしたかったので、プログラムが空く時間を待って、浜辺ふうのもとへ歩いていく。
   
「浜辺さん、東九条地域住人の平山です。」
   
平山から完全に背を向ける浜辺ふう。
   
「浜辺さん、メール送りましたよね?返信はいただけないんでしょうか?」
   
近くにいた異変を察知した焼きそばパンみたいな髪型をした男が「ああん?」とメンチを切って挑発してくる。それで平山に少し興奮スイッチが入る。
   
「浜辺さん、なんでメールに返信しないんですか?」
   
浜辺ふうは変わらず平山に背を向けて無視する。
   
「浜辺さん、返信は頂けないんですか?」
   
すると浜辺ふうはくるっとこちらを向いて
   
「あなたが暴力をふるうから!!
   
と少し大きな声で言う。暴力?いやいや、おれは質問のメールを送っただけで暴力なんてふるっていない。その浜辺ふうの「嘘」の言い訳に怒髪天衝いたおれは
   
「在日韓国朝鮮人に対する差別をやめろっ!!」
   
と浜辺ふうに向かって叫ぶ。
   
その瞬間、平山の周りにいた春まつりのスタッフの男性三人に身体を羽交い絞めにされ会場から引きずられて排除される。
   
排除されながらも平山は叫び続ける。
   
在日韓国朝鮮人をっ!差別するやつを許すのか!それがおまえらの多文化共生かっ!!
   
レイシスト!!東九条から出ていけ!!
   
在日韓国朝鮮人を差別するなっ!!
   
恥を知れっ!!
   
それがおまえらの多文化共生かあっ!!
   
羽交い絞めにされ会場から引き離されながらも叫び続ける平山。
   
会場から離されたところで一人の小男が羽交い絞めにされた平山に近づいてくる。
   
その小男は平山に
   
「警察よぶぞ」
   
ということばを放った。
   
その瞬間
      
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
   
   
「警察よぶぞ」
   
その小男がそう言った瞬間、世界が、世界のすべてがその男の顔面に崩れ落ちてゆくのをおれは見た。本当に世界のすべてがその男の顔面にむかって崩れ落ちたのだ。
   
その時分かったのは、その男の顔面こそがこの東九条多文化共生エリアのド真ん中にある虚無であるということ。
   
「警察よぶぞ」その一言で世界のすべてがその虚無にむかって崩れ落ちたのだ。
   
それは本当に一瞬のできごとだった。
   
   
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
   
「呼べや。警察よんだらええやんけ。」
   
するとその小男はびっくりしたような顔をしてこっちを見る。一呼吸おいて、再び「警察呼ぶぞ」と繰り返す。
   
「警察呼ぶぞ」
   
「だから呼べや。警察よべよ。」
   
「警察呼ぶぞ」
   
「呼んだらええやんけ。お前誰やねん?名前を名乗れ」
   
「警察呼ぶぞ」
   
「名を名乗れ!!卑怯者!!」
   
「警察呼ぶぞ」
   
「お前は浜辺ふうの差別を許すのか!!」
   
「警察呼ぶぞ」
   
「お前もレイシストじゃ!!」
   
「警察呼ぶぞ」
   
こちらが何を言っても「警察呼ぶぞ」をくりかえす小男。
   
するとスタッフの一人がおれとその小男との間に割って入って
   
「おまえ前川さんに向かって何言うとんじゃ!」
   
と言うので、ああこいつが前川か、とわかった。希望の家、現ネットワークサロンの施設長の前川修のことは話には聞いていたがその日が初対面だった。 名前がバレたとたん前川修はくるっと踵を返してどこかへ消えていった。どこまでも卑怯な奴だ。
   
おれと前川との間に割って入ったスタッフの男に「在日韓国朝鮮人を差別していいのか?」と聞くとその男は「してもいい」と言う。 信じられない発言だがこれが東九条の「多文化共生ムラ社会」なのだ。 身内である浜辺ふうを守るためなら「在日韓国朝鮮人を差別してもいい」とまで断言する。多文化共生のまつりで、だ。 例えそれが売り言葉に買い言葉だったとしても一線を越えている。
   
その後おれはスタッフの何人かと話を少しして、家に帰った。
   
前川修の「警察呼ぶぞ」発言。この発言はあまりにも悪質である。この発言に関して東九条の関係者はみんな一様に驚いていた。
   
「前川さんが本当にそんなこと言ったんか?」
   
「嘘やろ?ありえへんわ…。」
   
「前川君が?警察呼ぶぞって?ほんまにそんなこと言ったん?…。」
   
「前川さんが…。いや、それはほんとにダメですね…。」
   
と、みな信じられないといった様子だった。一様にショックを受けていた。 なぜみんな驚くのだろうか?みんなの楽しい「春まつり」に男が乱入して突如叫んでまつりをめちゃくちゃにしたのだ。 「警察呼ぶぞ」という対応はある意味当然だろう。だが前川修の「警察呼ぶぞ」発言は東九条の住人および関係者、特に在日に衝撃を与えた。 何故か。前川修の「警察呼ぶぞ」発言は「弾圧」だからである。
   
在日韓国朝鮮人にとって警察は敏感にならざるを得ない存在である。というのもかつて在日韓国朝鮮人は警察にとって治安管理の対象であった。 前川修はそのことを重々承知の上で平山に対して「警察呼ぶぞ」と言ったのだ。だからおれが「呼べや。警察よんだらええやんけ。」と言うと驚いた顔をしたのだ。 前川修は在日に対して「警察呼ぶぞ」と言ったら怯むとでも思ったのだろう。卑怯で卑劣な奴である。
   
そして何より、社会福祉法人カトリック京都司教区カリタス会の前川修は京都市の「多文化が息づくまち・京都」という多文化共生事業を事業委託された 「京都市地域・多文化交流 ネットワークサロン」の施設長である。つまり前川修は行政側の人間である。その前川修の「警察呼ぶぞ」発言とはつまり、
   
「レイシズムに抗議する被差別当事者を、行政側の人間が、公権力の暴力装置である警察を使って黙らせようとした」
   
ということに他ならない。これは「弾圧」である。2025年に東九条で「弾圧」が起きたのだ。
   
だからこそ東九条の関係者は一様に衝撃を受けたのである。あってはならないことが起きたし、まさかあの前川さんがそんなことをするわけがない、という驚きがあったのだ。 「警察呼ぶぞ」の一言が東九条においてどれだけ重く暗いことばなのかを東九条を生きた人間はみな身をもって知っているからである。
   
そしてなにより、社会福祉法人カトリック京都司教区カリタス会、前川修が施設長を務める「京都市地域・多文化交流 ネットワークサロン」は完全に行政側の組織である。 「警察呼ぶぞ」の一言で、前川修=ネットワークサロンの姿勢は「共生」ではなく「管理」や「支配」であるということがはっきりした。 「多文化共生」は建前であり、前川修=ネットワークサロンは地域住人側ではなく、完全に権力側、行政側の組織であることが明確になったのだ。 前身の「地域福祉センター希望の家」の頃の「東九条地域のために」という精神はもう無いのだ。
   
1955年、彦根の教会に赴任してきたディフリー神父が、国鉄の車窓から見える東九条地域のスラム街に広がるバラック小屋の光景を見て 「あの町の人たちのために一緒に働かななければならない」と決意し、1959年に「キリスト教の布教をしない」という約束のもと始めた地域の福祉施設、 それが「希望の家」だ。その「希望の家」の精神は2025年4月26日、前川修の「警察呼ぶぞ」という一言で死んでしまった。
   
前川修が「希望の家」を殺したのだ。
   
東九条にはもう希望も無ければ家もない。
   
ディフリー神父が怒り狂う平山に「警察呼ぶぞ」というだろうか?二代目のマンティカ神父が叫ぶ平山に「警察呼ぶぞ」というだろうか? 時を経て多文化共生の施策を担う前川は「警察呼ぶぞ」と言った。
   
その顔に世界のすべてが崩れ落ちた瞬間を見たおれはまさに、東九条のひとつの歴史=世界が死ぬその瞬間を見たのだ。
   
希望の家は死んだ。そしてそのカトリック希望の家保育園出身者の浜辺ふうの、
   
「あなたが暴力をふるうから!!
   
という嘘の言い分に怒髪天をついたおれは、浜辺ふうによる差別扇動公演への抗議も含めて浜辺ふうに怒声を浴びせ、叫んだ。
   
おれにそれ相応の理由があるとはいえこの行為は外形的には「暴力」である。 ましてや「春まつり」を純粋に楽しみに来た人たちにはわけのわからん話で、その場にいたこどもたちが平山の叫びに恐怖感を感じたとも聞いた。それはそうだろう。 でかいハゲのおっさんが叫んでいるのだから。しかもおれの声は大きくよく通る。 それに関しては本当に申し訳ないとも思うけど、やはりこの瞬間おれは叫ばざるをえなかったし、叫んでいなければおれのたましいは死んでいただろう。 あの叫びは死者たちの叫びでもあるからだ。
   
 この件に関して、平山の行為が「叫び」なのか「暴力」なのか。 ある人は、平山のやったことは差別への正当な「抗議」であって断じて「暴力」ではない、むしろその場で平山が排除されるのはおかしなことだ、と言う。 またある人は平山にどんな理由があれ平山のやったことは「暴力」だという。どちらもわかる。もちろんおれ自身は暴力ではないと思っている。 そもそもこれまで地域住人や在日韓国朝鮮人当事者の抗議を無視して差別扇動デマゴーグ公演を続け、こちらの質問メールにも返信しないのは浜辺ふうである。 もし浜辺ふうが平山からのメールに返信していたらこんなことは起きてない。 だけどそれを「暴力」だと受け取る人がいるのも当然で、ずっと準備してきた「春まつり」をぶち壊された側からすればたまったもんじゃないだろう。 おれからすれば「それはおまえらがこれまで浜辺ふうの差別表現をわかってて放置し続けてきたからだろう、お前らにも責任はあるんだよ」という思いもあるがそれはさておいて、 おれが多文化共生の「まつり」をぶち壊したのも事実なのだ。
   
 だから後日関係者との話し合いにて、今年の冬に「春まつり」の実行委員会があるからそこで平山が理由を説明した上でこどもに恐怖を与えてしまい、 まつりをぶち壊したことに関しては謝罪する、という話に一応はなった。
    
 だけど、「叫び」については謝罪はしない。東九条の沈黙を生きた者として、あの叫びはその「沈黙の叫び」だから。 あれはおれの叫びではなく、東九条という「大地」が叫んだのだ。かつて東九条を生きた死者たちの叫びだなのだ。 だからそのことについて法的に、外形的に、社会通念的に、平山が100パーセント悪くてもこの「叫び」についてはおれは謝罪しない。 この叫びが叫びであることをおれは守らなければならない。それがこれまでおれを生かし続けてきてくれた死者たちに対する仁義だ。 だからおれはこの事件に関して「社会人平山剛志」としては謝罪するが、「東九条を生きた平山剛志」としては謝罪しないということを関係者に伝えた。 社会人としての責任と、死者たちへの仁義、両方通すならこうするしかないのだ。それは誰に理解されなくともこの叫びだけは絶対に守らなけばならない。 
   
この感覚は現実の、身体の感覚である。
   
現実の、身体から発せられた叫び。
   
おれは確かにこの時この瞬間、叫んだ。
   
あの叫びは本当の叫びだった。東九条の大地の叫びだった。死者たちの叫びだった。
   
…のだが、その後も浜辺ふうの発したことばがずっと引っかかっていた。 
   
ずっと引っかかっていた。浜辺ふうの「あなたが暴力をふるうから!!」ということば。
   
暴力??
   
その言葉が浜辺ふうの「嘘」や言い訳だと感じたからおれはその瞬間怒って叫んだのだが、
   
にしても、暴力…。て何だろう?言い逃れするにしたってもっと別のことばもあるやろう。おれが浜辺ふうに送ったメールは明らかに暴力でも何でもない。ただの質問だ。 後日メールの内容も複数の人に確認してもらったけど、みなこれは暴力とは言えないという。暴力?
   
だけど…暴力、暴力、暴力、暴力、…といえば
   
「平山が大谷通高に暴力を振るったから大谷さんは東九条マダンをやめた」というあのデマである。
   
いやまさかな。…。関係ないよな。…。
   
うーーーーん…
   
……。
   
…。
   
しかしその三か月後、
   
おれは、叫んだのではなく、叫ばされたのだということを知る。
   
東九条の大地は、死者たちは、叫ばされたのだということを知る。
   
空の下の流言飛語、デマによって、叫ばされたのだということを知る。
   
連載次回は、「東九条春まつり平山絶叫事件 その② デマが壊す、東九条の空の下。 空の下暴力デマ吹聴事件」について書く
。    
つづく
   
注 今回の連載での平山の発言部分ややりとりは平山の記憶をたよりに書いたもので、実際のその場の発言と異なっている可能性もあります。

   

   

  
  


  

2025年11月2日

戻る