【連載】 『東九条、死者無き多文化共生の行方≪22≫』 

東九条とは誰なのか、何なのか? その5

『「共に生きる」ことができない「現実」』 その⑥ 東九条の多文化共生とは何か。その答え。

   
もとめよ、さらば与えられん
   
そんなことは現実にはなかなか無いことだが、
   
このことばを関西弁で
   
「やっぱすっきゃねん、そんなんめちゃすてきやん」
   
と言うならば、
   
そんな事ならたまには起きるわな。
   
「二階 三階」では起こりえないことも
   
「一階」では起こりうる。
   
だからこそ、彼女彼らは東九条にやってきた。
    
その狹き門を叩いて。
   
さて、本連載において東九条地域における六つの多文化共生を見てきた。
   
①「希望の家カトリック保育園」の多文化共生保育。
   
②「東九条マダン」の多文化共生のまつり
   
③「京都・東九条CANフォーラム」の多文化共生のまちづくり
   
④「京都市地域・多文化交流 ネットワークサロン」のビジネス多文化共生
   
⑤「一般社団法人 HAPS」のアートによる共生事業。
   
⑥「京都市立芸術大学」の文化庁の「大学における文化芸術推進事業」「芸術と社会の交差領域におけるメディエーター育成事業 共生と分有のトポス」
   
一口に多文化共生や共生と言っても、東九条地域だけでもこれだけの種類がある。だから多文化共生を考えるにあたってはそれぞれの内実を具体的に見た上で判断しなければならない。
   
①~⑥を本連載で検証していく中でいくつかの論点が見えてきた。
   
・具体的な「共生できない現実」がある「実」多文化共生と、具体的な「共生できない現実」が無い「虚無」的な多文化共生。
   
・「有限共生」と「無限共生」
   
・「一階」の人間にとって「(多文化)共生」は「現実」の問題だが、 「二階」の世界の人間にとって「(多文化)共生」はアイデンティティの問題になるという「現実共生」と「アイデンティティ共生」
   
「実と虚無」「有限と無限」「現実とアイデンティティ」
   
これで①から⑥の多文化共生を分類してみる。
   
①「希望の家カトリック保育園」の多文化共生保育。
 →「実体ある多文化共生」「有限共生」「現実共生」
    
②「東九条マダン」の多文化共生のまつり
 →「実体ある多文化共生」「有限共生だが無限共生的志向性がある」「アイデンティティ共生」
   
③「京都・東九条CANフォーラム」の多文化共生のまちづくり
 →「虚無的多文化共生」「有限共生」「アイデンティティ共生」
   
④「京都市地域・多文化交流 ネットワークサロン」のビジネス多文化共生
 →「虚無的多文化共生」「有限共生 一階を排除した選民的限定共生」「アイデンティティ共生」
   
⑤「一般社団法人 HAPS」のアートによる共生事業。
 →「実体あるが必然性はない(多文化)共生」「有限共生 無限をアーティストに担わせる仮想的無限共生」「アイデンティティ共生」
   
⑥「京都市立芸術大学」の文化庁の「大学における文化芸術推進事業」「芸術と社会の交差領域におけるメディエーター育成事業 共生と分有のトポス」による東九条地域の 「虚無と分断と植民地化」事件
 →「虚無的多文化共生」「有限共生 東九条地域を植民地化」「アイデンティティ共生」
   
さらにこれに浜辺ふうと山崎なしの「劇団九条劇」を加えると
 →→「虚無的多文化共生」「有限共生 在日韓国朝鮮人を差別扇動するデマゴーグ演劇」「アイデンティティ共生」
   
となるだろう。
   
さて、一番理想的な「共生」の状態。 共生する対象の範囲の限定が無く、人類全て、生きとし生ける者全て、世界の全て、この世の全て、全てが全てとの間で共生を実現しているという状態を「無限共生」とする。 「無限共生」状態においては差別はなく、所有の感覚すらないだろう。 この「無限共生」状態を実現することはほぼ不可能だが、それは一瞬だけ「祭り」やある種の「儀式」や「表現の場」で実現するかもしれない。それはもはや宗教的な営みである。
   
この社会は「地底、地下、底辺、一階、二階、三階、四階、…n階…」というピラミッドの階級構造をしている。 そのピラミッド=社会の中の階級構造を維持したかたちでの共生を「有限共生」と呼ぶ。 この有限共生には「共生する対象の範囲」が限定されている。であるがゆえに「有限共生」自体が新たな差別や排除、抑圧を産んでしまうという構造がある。 また基本的に「有限共生」はその社会を「改善」することはあっても「改革」することは無い。
   
①~⑥、全て「有限共生」である。 だが本連載においては初期の「希望の家」においては篤いキリスト教の信仰があった神父においては、 信仰という「無限共生」が、東九条における「有限共生」を支えていたという「無限+有限共生」が東九条地域での困難な福祉活動を可能にしたのではないかということを指摘した。 というのも、東九条地域住人の証言によれば、「希望の家」が変節して地域住人を排除するようになったのは所長が前川修になってからであり、 前川修は「運動家」であっても真の「キリスト者」ではない。つまり「無限性」を有しない者が東九条で活動するにおいて、 非常にその福祉活動がビジネスライクになってしまったのだが、それもある意味当然の帰結なのかもしれない。 希望の家が「変節」したのは福祉から多文化共生に変わったからではない。「信仰」を失ったからである。
   
また、希望の家の「キリスト者」のみならず、東九条地域には様々な「運動家」たちがやってきた。 それは本当に粉骨砕身、時には身銭を切ってまで東九条地域のために活動してくれたことを聞く。 それを平山は「任侠」や「義侠心」だと感じる。本人たちは「任侠」だとは思ってはいないだろうが、 「任侠」もまた、弱者のために自己犠牲をいとわないその精神は信仰にも似た「無限」性がある。もちろん前川修にそんな「任侠」などあるべくもない。
   
「任侠心」も「信仰」も無いという事で言うならば「一般社団法人HAPS」にも当然それはない。 が、HAPSに関しては時に失敗もするが、アートのプロとしてきちんと「仕事」をするというプロフェッショナリズムのようなものはあり、 そのようなプロの技術と倫理観によって「仕事」としての「有限共生」を実現する。 だが「有限共生」の限界として、「社会=ピラミッド」から外れて生きているような人間や場においてその力を発揮することはできない。
   
「任侠心」もなければ「信仰」もなければ「プロ意識」もなければ「技術」もなければ「能力」も無ければ「倫理観」もないし「人権意識」も無いし 「社会性」も無いのが京都市立芸術大学である。「共生」とは名ばかりの何の実体も無い「虚無」。助成金目的、実績つくりだけが目的の「共生」。 文化庁の助成金による事業「共生と分有のトポス」の報告書からは何か現実に具体的な対象がある「共生」ではなく、あくまで「ぼく」や「わたし」が変化するための、 「じぶんさがし」のための「アイデンティティ共生」でしかないことが明らかになった。 そして「ぼくのじぶんさがし」の「共生」のために東九条地域に破壊的な影響を及ぼした。 「三階」の虚無が「アイデンティティ共生」しようとする時、「共生と分有のトポス」とは全く逆の「虚無と分断と植民地化」が起きる。 そしてそのことに何の責任も果たさないという京都市立芸術大学はまさに「虚無」そのものだといえる。
   
「二階、三階」のアカデミアやアーティストの自己実現や助成金獲得や実績つくり、 「じぶんさがし」のために東九条は「ネタ」にされ道具にされ、結果「一階」の世界が蹂躙され被害を被る。 これこそがまさに「虚無」が「現実」を破壊しているということである。
   
実体のない虚無的「アイデンティティ共生」という意味では、東九条を多文化共生の街にすることを目指した、 東九条のまちづくり団体「京都・東九条CANフォーラム」も同じくである。 多文化共生のまちづくりには何の具体性も無く、「東九条を多文化共生のまちに」というのはまさしく多文化共生を東九条のアイデンティティにしようとしたわけで、 それは「アイデンティティ共生」そのものであった。当然のことながら東九条地域「一階」の住人はこんなことに共感も共鳴も理解もしない 。現実や実体のないアイデンティティとは「虚無」そのものである。
   
「虚無」といえば浜辺ふう。希望の家カトリック保育園の「多文化共生保育」で育ち、「多文化共生のまつり」東九条マダンに多大な影響を受け、 CANフォーラムの朴実氏とその家族からも影響を受け、京都市地域・多文化交流 ネットワークサロンの「登録団体」として活動する九条劇の浜辺ふう。 浜辺ふうはまさに「東九条多文化共生エリア」の申し子と言えよう。だが、その浜辺ふうはこれまでの演劇活動において在日韓国朝鮮人への差別扇動デマゴーグ公演を続けている。 「在日による在日のための民族教育をする「民族学級」に日本人の自分が入れないことに逆恨みし、自分は排除された、逆差別されたとそれを演劇で表現しつづける。 在日韓国朝鮮人当事者や東九条の関係者である日本人から抗議を受けても全て無視し続け、その抗議を「在日が日本人を排除した」とさらに不当な恨みを募らせる。 マイノリティだけの集まりである「民族学級」にマジョリティである日本人を入れろという主張は「収奪」である。 またこれを煽るかのような浜辺ふうのパートナーである山崎なしの「(在日の一世、二世の怒りや悲しみ)そういうのに反発するのがモチベーションでやってるんすよね。」という発言。 マジョリティである日本人がマイノリティである在日韓国朝鮮人に「反発」するという理路はレイシストと全く同じであることはすでに指摘した。
   
東九条多文化共生エリアは、この「多文化共生系レイシスト」浜辺ふうを産んだ。 すなわちそれは、その浜辺ふうのパートナーである山崎なしの「(在日の一世、二世の怒りや悲しみ)そういうのに反発するのがモチベーションでやってるんすよね。」という発言もまた、 東九条多文化共生エリアから生じた「本音」であると言えよう。
    
また、そもそも東九条地域住人と「希望の家」とが合同で始めた「東九条春まつり」が、 「希望の家」が「京都市地域・多文化交流 ネットワークサロン」へと変わり、そしてその過程で京都市の担当が「地域福祉課」から「国際推進室」へ変わる過程において、 その「東九条はるまつり」から東九条地域の商店が排除され、主催者側として参加できなくなった。 「東九条春まつり」の実行委員会に参加できるのは京都市地域・多文化交流 ネットワークサロンの「登録団体」だけである。 その「登録団体」に登録されるための条件をみれば、「一階」の人間がその「登録団体」に登録されることはほぼ不可能な規約になっている。 「多文化共生」が東九条地域「一階」住人を排除したのだ。そして東九条における「多文化共生」とは大学を出て階級上昇を果たした「二階」の世界の人間だけのものであり、 「一階」の世界の人間はあくまで、お客さん、福祉や教育のサービスを受ける側の人間として、その主体性を発揮できないような状況や役割を「固定」される。
   
これは「多文化共生」による東九条地域の乗っ取り以外の何ものでもない。
   
浜辺ふうや山崎なしのように、在日韓国朝鮮人へどれだけ差別的で侮辱的な表現を繰り返していても、東九条多文化共生エリアの身内であればそれは許容され続ける。 そして最近隣にやって来た「三階」の世界の京都市立芸術大学がその浜辺ふうのレイシズム公演を主催し、 それに対してなされた東九条地域「一階」の住人からの申し入れに対応するふりをして11カ月放置して何もせず、何の責任も果たさなかった。 それが「共生と分有のトポス」という企画であるにも関わらず。 京都市立芸術大学にとって「共生」の対象はあくまで「二階三階」の世界の人間だけであり、「一階」の世界の人間は「共生」の対象ではないということが明確になった。 それは京都市立芸術大学だけではなく、
   
東九条多文化共生エリアが「共生」する対象はあくまで「二階、三階」の世界の人間だけである。 「一階」の世界の人間は、その「幅広い多文化共生」の対象からは排除されている。これが東九条における多文化共生の実態であり、現実である。
   
東九条地域「一階」の人間にとって『「共に生きる」ことができない「現実」』とは「東九条多文化共生エリア」そのものである。
   
何故こんなことになってしまったのか?
   
もうすこしだけ考えてみよう。
   
求めよ、さらばあたえられん
   
には続きがある。
   
━━━━
   
求めよ、さらば与へられん。
   
尋ねよ、さらば見出さん。
   
門を叩け、さらば開かれん。
   
すべて求むる者は得、尋ぬる者は見出し、
   
門を叩く者は開かるるなり。
    
汝等のうち父たる者、誰かその子魚を求めんに、
   
魚の代に蛇を与へ、
    
卵を求めんにさそりを与へんや。
   
さらば汝ら悪しき者ながら、
   
善き賜物をその子らに与ふるを知る。
    
まして天の父は、求むる者に聖靈を賜はざらんや
   
━━━━
   
東九条地域は、昔から今も様々な地域の「外」から「二階三階」の世界の人間がやってきたと平山は書いた。この連載≪19≫冒頭において、
   
>かつて東九条の誰かが「もとめた」のだろう。
   
>希望を、
   
>家を。
   
>だから東九条に「希望の家」があたえられた。
   
と書いた。
   
だが、「求めた」のは東九条地域住人だけだったのだろうか?「求めよ、さらば与へられん。」の続きには
   
━━━━
   
尋ねよ、さらば見出さん。
   
門を叩け、さらば開かれん。
   
━━━━
   
とある。東九条という地域を「尋ね」「門を叩」いたのは東九条地域の「外」からやってきた「二階三階」の世界の人間である。 「外」からやってきた者たちも東九条に「何か」を「もとめて」やってきたのだ。
    
一般的な社会人ならば、そこが「二階」であれ、もっと上へという「階級上昇」を目指す。「二階」から「三階」へ、「三階」から「四階」へ。
    
だが、東九条地域にやってくる「二階」の世界の人間は「下降」するのだ。
    
「二階」の世界の人間が差別、貧困、暴力、収奪、が渦巻く地域にわざわざ「尋ね」「門を叩」いてやってくることは「下降」である。
   
外から「下降」してきた「二階」の人間と、東九条の「一階」の人間とが出会い、交わる。
   
その時、東九条地域「一階」の人間(の生活)は「二階」の世界との関わりの中で「上昇」する。
    
つまり、
    
東九条地域の「内と外」という「水平軸」の交わりは、同時に「二階から一階へ」と「一階から二階へ」という「垂直軸」の動きと連動している。
    
垂直軸と連動する水平軸はまるで波のような動きをするだろう。その波こそが「一階、二階」という階級に「流れ」や豊かな「動き」をもたらす。 その波こそが階級間に生じる人間らしい「交流」だ。その「波」には身体がある。
    
だがこの上昇と下降という「垂直軸」との連動を失った「波」の無い「内と外」との関わりが起きる時、それは「衝突」となる。その「衝突」は東九条地域において、 「内と外」あるいは「一階と二階三階」の世界との間で差別や暴力や収奪を起こす。
    
ここ三年ほど、ずっと東九条多文化共生ムラで起きているのはこの「衝突」である。いや、この「衝突」はもうずっと前から発生したのだ。
    
多文化共生ムラの連中がいう「平山は暴力を振るっている」とはこの「衝突」のことを言っているのだが、衝突されている被害者は「一階」の人間である。 「衝突事故」を起こしている加害者は全て「二階三階」の人間なのに、「暴力ふるった」と言いがかりをつけるられるのは「一階」の人間。 これではまるで「多文化共生系当たり屋」ではないか。
    
「二階三階」の世界の人間が「一階」の世界に「下降」しない時に、差別と収奪と暴力が起きる。 「下降」が起きない時、「上昇」も起きないし、また「上昇」が起きない時「下降」も起きないからである。 上昇も下降も起きない時、水平軸の交流は、ぎこちない動きの、心の無い建前だけのインチキな、虚無的なものとなる。 この「下降も上昇も起きない」人間関係が大量の「虚無」を産み続けている。
    
東九条における「多文化共生」や「共生」とは何か。そろそろ答えを出そう。
    
東九条における「多文化共生」や「共生」とは
    
「下降する意思のない二階、三階…n階の世界の人間」が「一階の世界の人間」と関わらざるを得ない時にもちだす「きれいごと」や「しくみ」である。
   
そして問題はその「きれいごと」や「しくみ」が原因となって、「一階」の人間が「上昇」できなくなり、 「階級」による役割や生活が固定され、主体性を発揮できなくなってしまうことである。
    
そしてこの「しくみ」によって人間が虚無と化す。そして皮肉なことに、虚無化しているのは東九条多文化共生エリアの「二階三階」の世界の者たちである。 人間には、上昇と同時に下降も必要なのだ。故に「下降」しない「二階三階」の人間は虚無化する。
    
平山がこの連載を書くことになった内発的な理由はまた別にあるが、具体的な理由は4つある。
    
①前川修が警察を使って平山を弾圧しようとしたこと。
     
②浜辺ふうのパートナー山崎なしによる「(在日の一世、二世の怒りや悲しみ)そういうのに反発するのがモチベーションでやってるんすよね。」発言
    
③京都市地域・多文化交流 ネットワークサロン施設長前川修が、平山からの申し入れ文章を全て無視し続けたこと。
    
④東九条空の下写真展のメンバーが「平山が暴力を振るった」というデマを流し、 そのデマが原因となって平山が「東九条春まつり」において浜辺ふうに怒声をあびせ叫ぶことになったこと。
    
①②③④、四っつ虚無が続いたから平山は連載を書いた。書かなければ無かったことにされてしまうというのと、起きていることがあまりに異常だからである。
   
そして①②③④、この事象。全て、「二階から一階」という力関係の非対称性があったから生じた事象である。 この事象、仮に平山が「二階の世界」の人間ならば起きていなかったことである。逆に言えば①②③④の人間が「一階」の世界の人間であっても起きていなかったことである。 これは全て「階級」に纏わる問題なのだ。
    
「一階、二階、三階」という「階級=ピラミッド」があるのはよい。 社会とはそういうものだ。だが、「階級間」を超えて人間が関わる時、「二階」の人間には「下降する意思」が必要だし、一階の人間には「上昇する機会」が必要なのだ。 この二つが重なってこそ交流の「波」は起きる。
    
東九条多文化共生エリアの人間にはもはや「下降する意思」は微塵もない。そしてそれは「一階」の人間に対して「上昇する機会」を与えないという明確な意思表示でもある。
    
「二階三階」の世界の人間にとって、東九条の「一階」の人間や世界はあくまで、「自己実現の踏み台」「京都市の仕事を受注するためのネタ」「助成金をとるためのネタ」でしかない。
    
そしてそれはすべて「多文化共生」や「共生」という「美麗字句」と「仕組み」によって実行されている。
    
アートがやたらと「共生」と言いたがるのはこの「美麗字句」と「仕組み」を実現したいから。 それだけ。それは京都市立芸術大学による東九条地域を対象として「共生と分有のトポス事件」によってそれがはっきりと明らかになった。
    
━━━━
    
門を叩け、さらば開かれん。
     
すべて求むる者は得、尋ぬる者は見出し、
   
門を叩く者は開かるるなり。
    
汝等のうち父たる者、誰かその子魚を求めんに、
    
魚の代に蛇を与へ、
   
卵を求めんにさそりを与へんや。
   
さらば汝ら悪しき者ながら、
   
善き賜物をその子らに与ふるを知る。
    
まして天の父は、求むる者に聖霊を賜はざらんや
    
━━━━
   
1955年に希望の家の創立者であるメリノール宣教界のディフリー神父が東海道線の車窓から見た東九条地域のバラック小屋のスラム街。
   
ディフリー神父は、バラック小屋に何を見たのだろうか?
    
そしてディフリー神父は、東九条に何を「もとめ」たのだろうか。
    
それは「聖霊」に他ならないだろう。
    
ディフリー神父といったキリスト者のみならず、「二階」の世界の人間がなぜ「階級下降」してまで差別貧困暴力収奪が吹き荒れる東九条にやってきたのか。
   
「聖霊を求める」からである。
   
キリスト者にとってはそれはそのまま「聖霊」と呼んでもよいだろう。キリスト者ではない者にその何かは別のものである。 この連載においては「聖霊」のことを「無限共生」と言ってもよいだろう。平山にとってそれは「死者たち」であり「身体」であり「大万物」だ。
   
誤解無きよう言っておくが、東九条地域「一階」の人間が「聖霊」だと言っているのではないし底辺層の人間を美化しているのではない。
   
それは、本田哲郎氏の「釜ヶ崎と福音 神は貧しく小さくされた者と共に」のp33,34に記述されている
   
以下引用━━━
   
p34 神は弱さの中にあってはたらく
   
p35例えばコリントの人々への手紙二にあるパウロのことば、「力は、弱っているときにこそ発揮される。 …わたしは弱っているときこそ、力が出るからです」(一二章9ー10節)が聖書に一貫して語られる神の力のはたらきかたを要約したものであったことに気が付かなかったのです。
   
━━━引用以上
   
のことである。ディフリー神父。マンティカ神父、シスター黒田はキリスト者、「宗教家」である。だからこの「感受性」があったのだろう。 小さく弱き者を通じてこそ「はたらく力」があることを感じて知っていたはずである。だからこそ、「無限共生」に近いしいことができるのだ。
    
これは、ある種の宗教的な感性がなければわからない。宗教的な感性といってもそれは「神秘体験」や「悟り」なんていう大げさなものではない。
   
小さきものをとおしてはたらくちから
   
を感知できるかどうかである。
   
おれは、階級上昇せず、「一階」にとどまったことでよかったなと感じることがひとつあって、 この「小さきものにはたらくちから」を感知する感受性を失わなかったことである。もちろん「一階」の人間が全てこの感受性をもっているわけではない。 だが、「二階、三階」へと階級上昇するとこの感性、感受性は失われる。もちろん「二階三階」の世界の人間にもこの感受性を持っている人はいる。 だけど、「二階三階」の世界は基本的には「強い力」の世界である。そこでは「小さきものをとおしてはたらくちから」に価値はない。何故なら、
   
「小さきものをとおしてはたらくちから」こそは無限だからである。
   
この「社会=ピラミッド=有限」の世界においては「小さきものをとおしてはたらくちから=無限」は価値のないゴミである。
「社会=ピラミッド=有限」は「無限」を排除することで成立するからである。
   
だから「二階三階…n階」の世界の人間には、無限はゴミに見える。
   
この連載を読んでいる「二階、三階…n階」の人たち。試しに自分が「ゴミ」だと思い、軽んじ、排除し、「内心軽蔑している何か」に手を触れてみるといい。 少しは無限を感じることができるだろう。
   
その「小さきものをとおしてはたらくちから」を感じることができなくなり、それを排除するような前川修や浜辺ふうや京都市立芸術大学のような連中こそが
   
━━━━
    
汝等のうち父たる者、誰かその子魚を求めんに、
   
魚の代に蛇を与へ、
    
卵を求めんにさそりを与へんや。
    
━━━━
      
を実際にすることになる。
   
ディフリー神父が国鉄の車窓から東九条地域に広がるバラック小屋のスラムをみて、
    
この状況を始めて目の当たりにして、「私の仕事は差別をなくすることなのだ」と思い立ち、「あの町の人たちのために、いっしょに働かねばならない」と決心
   
したのは嘘ではないだろう。だがその内心のもっと深いところでは、その光景に、「小さきものをとおしてはたらくちから」、聖霊を感知したはずである。
    
ディフリー神父は
    
━━━━
    
さらば汝ら悪しき者ながら、
    
善き賜物をその子らに與ふるを知る。
    
━━━━
    
を知っていた。だからこそ
    
━━━━
    
まして天の父は、求むる者に聖霊を賜はざらんや
    
━━━━
    
が起きた。
    
「求めよ、さらば与えられん」
    
求めたのは「一階」の人間だけではない。
    
「二階」の人間も「求め」てこの東九条にやってきた。
    
かつての「二階」の人間は、聖霊を、「小さきものをとおしてはたらくちから」を「求め」てやってきた。
    
それはキリスト者だけではない。任侠心をもって東九条で粉骨砕身して活動してくれた運動家たちはことばは違えどの「小さきものにはたらくちから」を感知し求めていたはずだ。
    
だが、今の東九条の「二階三階」の連中は違う。
    
多文化共生や共生という「強い力」を振りかざして、「小さきものをとおしてはたらくちから」を排除し、ゴミのように捨てるだけ。
   
多文化共生の連中が「もとめ」ているのは助成金、仕事、実績つくり、じぶんさがし、自己実現。そのためにこの東九条にやってきて活動する。 そのためなら東九条地域や在日韓国朝鮮人への差別もし、周りの人間もそれを許容し、抗議は全て無視して打ち捨てる。 これはすべて「多文化共生」という「強い力」による蛮行、蹂躙、植民地化である。
    
だがそんな連中が「あたえられ」たのは自身の「虚無化」である。
    
「小さきものにはたらくちから」を感受できなくなることから人間の虚無化は始まる。
    
だからこそ「二階三階…n階」の人間には「下降」が必要なのだ。
    
「下降」とはその「強い力」を一旦捨てて「小さきものをとおしてはたらくちから」に身をゆだねることである。
    
それは「わたし」にとっては敗北だが、身体にとっては勝利であり、人間が極めうる最高の栄光である。
    
おれがこの連載を書く動機は様々あるが、まず何より、多文化共生の連中によって殺され、打ち捨てられたこの「小さきものをとおしてはたらくちから」を復活させたいからである。 そしてそれはまずもって「死者たち」のことである。
    
おれはもう、今後東九条多文化共生エリアに関わることは無い。なぜならここは「強い力」のみが幅を利かせている場だからである。 そして関われば人間が「虚無化」する場だからである。
    
東九条多文化共生エリアはもう、手遅れなほどに巨大な虚無化が進行している。
    
東九条多文化共生エリアはもはや虚無そのものであり、京都市立芸術大学という正真正銘の大きな虚無と関わる以上、その虚無化の進行は加速するのみである。
    
では東九条多文化共生エリアには希望はないのだろうか?
    
希望とは、「小さきものにはたらくちから」が大切にされるような場のことである。
    
不完全ではあるが、ある。
    
東九条マダンである。①~⑥、全て「有限共生」であると書いたが、唯一、東九条マダンだけが「有限共生」でありながら「無限共生」への志向性をもっていることを指摘した。
    
そして東九条マダンは、しなやかに、時にしたたかに、「強い力」と関係しながらも、不完全ではあるが「小さきものをとおしてはたらくちから」を大切にしようとしている場である。
    
それは平山自身が五年間、実際に東九条マダンの運営に参加し、そして一部のメンバーと酒を飲みながら、たくさん話をし、実際に体感していることである。 「多文化共生のまつり」ではあるが、東九条マダンは「小さきものをとおしてはたらくちから」を捨ててはいない。
    
だが平山はもう東九条マダンには関わらない。東九条マダンと関わることは必然的に「東九条多文化共生エリア」の虚無と関わることになるからである。
    
そして実際に平山に東九条マダンは必要ない。だが、これからのこの社会に東九条マダンを必要とする人はたくさんいる。 東九条にもう四代、三代にわたって住み続けている平山のような「根付き」の人間に東九条マダンは必要ないが、 「根無し草」の、「故郷喪失者たち」には東九条マダンは必要な「まつり」である。「根無し草」が「虚無化」しないために、東九条マダンはこの社会に必要である。 そして東九条マダンは、東九条多文化共生エリアの虚無化の進行を食い止める最後の防波堤だともいえるだろう。
    
東九条マダンが「小さきものをとおしてはたらくちから」を完全に捨て、「強い力」に同調した時、それは東九条多文化共生エリアの真の意味での虚無化の完成である。
    
東九条マダンは韓国から「民衆文化運動」を輸入したものであることを書いた。その輸入のさいに「民衆」の意味が変わった。 韓国での独裁政権に抵抗するための連帯のことばとしての「下から上」の垂直軸の「民衆」が東九条に輸入された際に 「在日も日本人もいっしょにまつりをつくる」という水平軸の「民衆」となったことを平山は指摘した。
    
だが、もう一度考えていみたい。東九条マダンの民衆文化運動は、本当に民衆文化運動だったのか? 「輸入」したさいに、何が失われ、何が失われなかったのか、もういちどきちんと検証して確かめたい。
    
ひとつ言えることは、抵抗運動の「下から上」という垂直軸が失われたと同時に「下から下」という垂直軸も失われたということである。
   
「下から下」とは何のことなのか?
    
下から下、それはつまり、「死者たち」のことである。
   
つづく
   
参考文献
   
本田哲郎 「釜ヶ崎と福音 神は貧しく小さくされた者と共に」岩波現代文庫
   

    

   

   

   

   

   

   

  
  


  

2025年12月28日

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