【連載】『東九条、死者無き多文化共生の行方』の本編再開まで、少し時間があるのでその間、〈雑談〉として、本連載に関するいろんな話や書籍や映画の紹介などを書いていきたいと思う。
「キリストは墓からよみがえった」
何も知らない無知なこどもでも、この看板が異様な事を書いていることだということだけは感じる。
墓からよみがえったキリストとは何者なのか?ましてやそれが黒い背景に黄色や白の文字で書かれたあの禍々しさ。しかもそれが唐突に街の住居や壁やフェンスに現れることの異様さ不気味さ。
そして稀にどこからともなくやってきたあの文字が書かれた街宣車から大音量で流れてくる「くいあらためよ」「神を信じない者はじごくにおちる」の声…。
こどものころの平山にとってキリストのイメージとはこの異様で禍々しい闇の謎の存在だった。
東九条地域のキリスト教といえば「希望の家」。
連載においてその「希望の家≒京都・多文化交流ネットワークサロン」のことをさんざん批判しまくったのだが、平山と「希望の家」は現実においてほぼ関わりは無い。
だが実は、関わりが無いが故に、「希望の家」は平山のこころにある重要な影響を及ぼしている。そのことを書いてみたいと思う。
東九条には昔、三つの小学校があった。陶化小学校、山王小学校、東和小学校。
大雑把なくくりかただが、陶化小学校区は在日韓国朝鮮人が多く、山王小学校区は被差別部落出身者が多く、東和小学校は日本人が多い学区だった。
だから同じ東九条でも学区が違えば雰囲気や世界はかなり違う。この三つの小学校区は、陶化中学校という一つの中学校に通うことになるのだが、そこで初めて出会う「他者」にお互い驚き戸惑うことになる。
同じ地域の出身のこども同士なのにあまりにも背景が違うからだ。傷の種類がちがうというか、地獄の種類が違うというか。
平山の両親はお見合い結婚で、母親は東九条の「外」からやってきたので東九条についてはよく知らない。
平山が三歳くらいのころ、母親が平山を自転車に乗せて自転車で3分で行ける、隣の山王学区にある通称「ぞうさん公園」に初めて連れて行った時のこと。
公園でしばらく遊んでいると、母親はただならぬ空気を感じる。立ち上がって周りを見わたすと、ぐるっと知らない人たちが遠くから囲むようにだまってこちらを見ている。
何も言わない。ただこちらを見ているだけ。だけどその異様な空気に恐怖を感じて母親は逃げるようにして帰って来た。公園に、息子の脱げた片足の靴を残して。
その話を母親が父親にすると、父親は「あそこの地域には絶対に行ってはいけない」と言う。
それ以来母親はその公園には行かないようにしたのだが、父親があそこに行ってはいけないと言ったのは差別心ではなく不要なトラブル回避のためである。
また公園で取り囲むように平山母子を見ていた地域住人にしても、突如やってきた「よそ者」への警戒心故だったのだろう。
この話は誰が悪いとかそういう話ではない。ひとつの狭い狭い地域の中でも深い深い分断があるという風景のひとつである。
今現在の東九条においてこんな事は起き無い。だが40数年前の東九条は今よりもっと暴力的で殺伐としていたし、陰で影の濃く深い地域だった。
最近東九条の「外」から来た人にはこの感覚はわからないだろうが、通り一本渡るだけで、東九条はまるで違う「異世界」になる。
河原町通を隔てて西と東。九条通を隔てて北と南。竹田街道を隔てて西と東。烏丸通を隔てて西と東。
さらに言うなら東九条と崇仁を分ける、新幹線の高架下を隔てて北と南。通り隔てたこちらと向こうは違う「異世界」である。
そしてこの地域には他にも細かな分断や境界線がある。それはこの地域に長年、三代、四代と住まなければわからない分断と痛みである。
だから三つの小学校区がひとつになる陶化中学校に入ることは、この分断を横断して「異世界」の住人どおしが関わり交わり合うことである。
同じこどもどおしでもその交わりを通じて人には触れてはいけない痛みや傷があることを知る。
「共生」だとか「幅広い多文化共生」なんて実体のないことばが東九条に踊るはるか以前から、東九条はすでに「異世界」の人間どうしが「共に生きている」。いや、「共に生きざるをえなかった」のだ。
平山が本連載でさんざん批判している「東九条多文化共生エリア」の人たちには陶化中学校出身者はほぼいない。これは東九条マダンもそう。
だから陶化中学校出身者が多い東九条地域の「一階」の住人と噛み合わないし、感覚がズレる。
通り一本隔てた先にある「異世界」や、通り一本のどん底にある「痛み」が身体でわからない人たちが「多文化共生」だとかなんだとか言ってるんだからちゃんちゃらおかしい。
「共生」とは「痛みを共に生きる」ことなのだから。
現実に「異世界交流」をしていてた陶化中学校出身者は「多文化共生」だの「共生」ということばを使わない。
だが「異世界交流」をしていない東九条の「外」からやってきた「二階三階」の者ほど「多文化共生」だとか「共生」ということばを使う。
平山が本連載で批判糾弾している「九条劇」主宰の浜辺ふうは東九条出身だが陶化中学校には通っていない。
その浜辺ふうが「多文化共生」をやたら強調するのは彼女が現実に「東九条異世界交流」をしてこなかったからである。
さて、平山の父親が言っていた「あそこの地域には絶対に行ってはいけない」はこどもの平山にも「掟」として伝えられることになる。
その「絶対に行ってはいけない世界」はこどもの平山にとっては「異界」である。「異世界」ではなく「異界」。交わる事、関わることが出来ない禁じられた「あのよ」の「異界」。
だが、小学校に上がるとその「異界」に出入りしている同級生がいることを知る。あの「ぞうさん公園」の前には「希望の家」という保育園があり、その保育園に通っていた同級生がいたのだ。
しかもその「希望の家」とは聞くところによるとなんと「キリストの保育園」らしい。
「キリストは墓からよみがえった」
あのキリストの保育園。
父親の「掟」のことがあり、その事に触れてはいけないことであるような気がしてその友人にその「キリストの保育園」のことを聞くことはできなかった。
だがそれ以来、その「希望の家」出身の友人が笑う時、その笑顔が何か深い闇をたたえた神秘的な謎に見えてしまう…。
いつもふつうにドッチボールやじゅんどろをして遊んで笑い転げていた友人。
特に異常なところはなく、まじめで少しシャイで冗談が好きな友人。
その友人は「希望の家」で一体何をしてきたのか…
その友人は神を信じているのか…
友人もいずれ墓からよみがえるのか…
だがそこには触れてはいけない…
だがある時母親がほくほく顔で「希望の家」に行ってきたと言う。希望の家は年にいちどバザーをやっていて、そこではいろんなものが格安で買えるのだと手に入れてきた食器とともに見せてくれた。
バザー…??
「あそこの地域には絶対に行ってはいけない」その「異界」にある、「キリストは墓からよみがえった」謎の保育園、「希望の家」。
だがそこでは年に一度「バザー」なるものが催され、いろんな物品がとても安くで手に入るという…。バザーなんて催し、闇どころか天国やないか。どういうことなのか?。
しかも母親はその「異界」から「宝物」を持ち帰ってきたのだ。ほくほく顔の母親が何かまぶしい「英雄」にすら見える。
だが母親が「希望の家」に行ったことで、そこは平山にとって「異界」ではなく「異世界」となった。身近な家族が行くことができるのだからもはやそこは禁じられた「異界」ではない。
そしてそこで手に入れたという「宝物」が現に目の前にある。平山の中の「東九条世界の心的構造」が書き換わった瞬間でもある。
書き換わったといえど「希望の家」は平山が住む陶化学区の隣の山王学区にある。
小学校の校則でも隣の学区には行ってはいけないことになっていたので当然平山はそこに行くことはできないのだが、ある日、小学校の友人が「平山、きぼうのいえのバザー行こ」と誘ってくれた。
それは父親の「掟」や小学校の校則を破ることになるのでこどもにとってはためらわれることなのだが、母親が「英雄」としての帰還を果たした以上、そこはもはや禁忌の世界ではない。
息子も続いて「英雄」になる時が来たのだ。友達の誘いに乗って「希望の家」に行ってみた。でも何故かあまりこの時の記憶がない。
希望の家でカレーを食べたこと、肝試しのようなことをやっていたこと、たのしく遊んだ感覚はあるが、それくらいしか憶えていない。
記憶に残っていないということは、実際に行ってみれば特にそれといって特別なこともなく拍子抜けしたのだろう。
「墓からよみがえったキリスト」がそこにいるわけでもなかったのだから。「希望の家」に行ったのはこれが最初で最後だった。
こうして平山の東九条における「異界」はたまに行くことができる「異世界」となった。
当然の話だが、「希望の家」が平山の「物語」において「異界」であったとしても、現実にそこが「異界」であるわけではない。そこはふつうの保育園である。
だからといって平山のこころに形成された「異界」そのものが消えるわけではない。
父親が「あそこの地域には絶対に行ってはいけない」という「掟」をかした「異界」が年に一度だけ「バザー」なる「祭り」をしていてその時だけは「異界」が開いてその世界に入ることができる、
「世界/異世界/異界」という「世界の構造」がこどもの平山のこころに形成されたということが重要なことである。
絶対に行ってはいけない「異界」があるからこそ、こちらの宇賀辺町の「この世」はかたちをもって強固な「世界」となる。
こうして「土着的なあの世とこの世の心的世界」がこどもの平山のこころに構造化されたのだ。
もちろんこの「物語」は平山個人に限った話であって、東九条出身の人間には各々それぞれの家庭や環境に応じた「東九条の世界/異世界/異界」が形成されているはずである。
平山にとってはたまたま「希望の家」が「異界」となっただけである。また平山にとっての「異界」は「希望の家」だけではない。他にも「異界」はある。
平山のように曾祖父の代から東九条に住んでいるとこのような「心的な東九条の世界構造」が形成される。そして四代住んでいるということは、その「心的な構造」にも当然「地層=歴史」ができるし、
「東九条におけるこころの古層」のようなものがそこには存在することになる。数世代にわたって同じ土地に住むとはそのような世代によって堆積していく心的構造を形成するということである。
その「こころの地層」とは「わたし」を形成する「岩盤」でもあるが、「呪い」でもある。
これを「呪い」だと感じ、呪いから「解放」されたかった多くの東九条出身者は東九条を出ていった。そして自身が東九条出身であることを頑なに隠して「呪い」を封印している人も多い。
その気持ちもおれはよくわかる。
土地の重力が強く、その土地から逃げられない平山のようなものは肚決めてこの「呪い=運命」を生き切るしかない。
「呪い」とはかつて「愛」だったものであり、「呪いを解く」とは愛が本来そうあるべき姿を顕わにするということである。
そして「運命」に囚われながらその「運命」を生き切ることにこそ「自由」がある。「解放」と「自由」は違う。平山は「解放」されなかったが「自由」だ。
この「こころの地層」には「断層」がたくさんある。その「断層」こそは「痛み」そのものであり、「分断」や「分裂」そのものである。
そしてこの「断層」が時に「地震」を発生させる。東九条の住人のこころには「活断層」がたくさんある。毎日が地震や天災の連続となる。
通り一本わたることの痛みを感じることができるのは、この「東九条のこころの断層」が形成されているからである。だから東九条の街それ自体が住人にとっては「こころ=身体そのもの」なのだ。
数十年前、東九条に自分の代でやってきて住み着いた人ももちろん東九条の住人である。だけど、その人の「東九条のこころの地層」は自分一代の一層しかない。
だからずっとそこに住んでいた人とは「痛み」や地獄の種類がちがう。こころの地図も地層も構造も違う。
そして最近東九条に「外」からやってきた人たちにこのような「東九条のこころの層」があるわけもない。
だが「東九条多文化共生エリア」で声高く活動している者は「一層」や何の「層」も無い者たちである。
だからいくら人権意識が高く、教養もあって、共感性が高く、能力があっても地域住人の「こころの地層」や「活断層」を感知することができない。
故にその活動において地域住人の「活断層」に触れ、地域住人からの幾重の警告も無視して、ついには「東九条のこころの古層」のさらに深くあるマグマに手を突っ込んだのだから噴火せざるをえないやろう。
平山が噴火したのではない。こころが噴火したのだ。身体が噴火したのだ。
この連載はその噴火が平山に書かせている。
「東九条におけるこころの地層」が無い者ほど「多文化共生」だ「共生」だと声高高に訴える。逆に「東九条におけるこころの地層」が形成されている者は「多文化共生」だ「共生」だと言わない。
この事象から理解できることは、「(多文化)共生」思想とは、土地に根付かない「根無し草」のための思想であるということである。
そして「二階」「三階」という階級上昇した、いわば「土地」や「大地」から「離れた」者たちが声高高に「(多文化)共生」を訴えるのも、その「根無し草性」故であろう。
階級上昇することとはつまり、大地からの浮遊や乖離でもあるからだ。
ここには、大地と天空との分断と対立がある。
東九条における大地と天空との分断とは
「東九条におけるこころの地層 世界/異世界/異界」が形成された大地に根付く「一階」の人間
と
地層も世界もない「外」かつ「上」からやってきた「二階、三階」の「(多文化)共生」思想の人間
との分断と対立である。
大地に根を張った「根付き」の人間と、大地無き「根無し草」の人間との対立といってもいいだろう。
「根付き」の人間には「(多文化)共生」思想がない。地域に根を張って生活するということは必然的に「異世界交流」をすることになるからである。
「異世界交流」できない「根無し草」にとって「(多文化)共生」思想が必要となる。
「異世界交流」とはスローガンではなく、現実にその「こころ身体」に東九条という土地が「地層化」され、「世界/異世界/異界 化」されているからこそ可能になることである。
だからそのような「こころ身体の無い」東九条の「外」からやってきた「二階三階」の人間が「異世界交流」することは不可能である。
だからといって「多文化共生思想」のようなものを持ち出されても乾いた笑しかでてこない。むしろ「(多文化)共生」思想は人間らしい関わりの邪魔になるだけ。
だが、東九条の「外」からやってきた人といえど、「生まれ故郷」はあるわけで、各々その「地元」において各自の「地層化」されたこころ身体や「世界/異世界/異界」があるはずである。
だから東九条地域住人と、東九条の「外」からやって来た人とはその異なる来歴をもつ「こころ身体」どおしで関わることができるはずである。人間と人間なのだから。
現に、平山は東九条地域外の人たちと人間らしいこころある関わりをしている。
だが「東九条多文化共生エリア」の者とは人間らしいこころある関わりができない。
なぜか。
「二階、三階、…n階」の世界においては、あるいは「(多文化)共生」思想においては
「キリストは墓からよみがえらない」
からである。
どういうことか。
「キリストは墓からよみがえった」
このことば。
おれはキリスト教徒ではない。だからこそ、このことばはあながち嘘だとも思えない「響き」がある。キリストは「墓」からよみがえったと看板には書いてあるからだ。
死者であるキリストがよみがえったのは「天空」ではなく「墓」がある「大地」だ。
よみがえりとは必ず「大地」から起きる。こころの地層、こころの古層からこそよみがえりは起きる。
よみがえりとは黄泉がえりである。そのこころに「黄泉=異界」があるならば、死ぬこともできれば黄泉がえることもできるのだ。
それはキリストに限らず。だが、「東九条多文化共生エリア 二階 三階」の人間には「異界=黄泉」が無い。「世界/異世界」はあっても「異界」が無い。
墓が無い。大地が無い。「異界」が無い。だから「キリストがよみがえらない」。
「キリストは墓からよみがえった」
とはすなわち「再生」のことである。
「墓」を「異界」ととってもいいし、大地や「深い地層=黄泉」への「門」ととってもいいだろう。
「再生」はつねに「異界=黄泉」で起きる。だから
「キリストは墓からよみ(黄泉)がえった」
のだ。
「再生」とは、こころの再生でもあるし、身体の再生でもあるし、人間関係の再生でもあるし、街の再生でもある。
「再生」とは何なのかといえば、「それが本来そうあるべき在りようにもどること」であろう。
そして「キリスト」とは「人間が本来そうあるべき在りようである人間」のことなのではないだろうか。
だから、
「キリストは墓からよみがえった」
とは
「人間が不当に歪められ、差別され、非人間的な状況に貶められても、人間が本来そうあるべき在りようである人間に戻った」
という意味である。
「キリストは墓からよみがえった」は、「再生」は起きるという希望、のことである。どんな状況であっても人間が人間を回復再生できるということこそが希望ではなかろうか。
だが、もう現代ではキリストはよみがえらない。
墓もなければ大地もないからである。異界がどこにもない。
東九条多文化共生エリアには「異界」は無い。「異界」は無いが「虚無」がある。
東九条「一階」の地域が「世界/異世界/異界」という構造であるのに対して、「東九条多文化共生エリア」は「世界/虚無」という構造になっている。
「虚無」によって支えられた「世界」は早晩すべてが「虚無化」するよりほかない。
そこはもはや人間が生きることができない場所である。東九条多文化共生エリアにおいては当然キリストはよみがえらない。
「キリスト」をよみがえらせるためには「墓」をよみがえらせなければならない。
「墓」をよみがえらせるためには「大地」をよみがえらせなければならない。
だがその「よみ」が
どこにもない。
だから
「よみ」をよみがえらさなければならない。
東九条という地域は京都市の中でもずっと「異界」だった。「あそこはあぶないところ」「あそこには行ってはいけない」と言われ続けた地域で、今もなおそう言われている。
在日韓国朝鮮人も、日本人も「東九条出身」ということで差別されてきた地域である。
だけど、だからこそ、そんな「異界」を求めて「二階、三階」の人間たちがかつてこの東九条に来たのだろうし、今もなおやってくる。
だが今や東九条は「根無し草」の「異界無き」「二階、三階」のたまり場にもなってしまった。
そのたまり場こそが「東九条多文化共生エリア」である。そこは「二階のたまり場」であるが故に、「一階」の住人と人間らしい交流をすることはない。
彼女彼らは人間として生きているのではなく「多文化共生しているだけ」である。
だからそこは「多文化共生のたまり場」である。その「たまり場」にいる限り、彼女彼らのこころ身体に「異界」が形成されることはないし、「異界」と出会うことは無い。
もし仮に彼女彼らが偶然「異界」と出会ったとしても「暴力だ!」と言ってすませるだろう。
「キリストは墓からよみがえった」
平山はキリスト教徒ではないし、自面どおりこの文面を読めばこれが荒唐無稽なことを言っているということは理解できる。だが、
「キリストは墓からよみがえった」
ことを、おれは知っている。
その運命を生き切った先に、人間が人間であることができたからだ。
人間として生きることができなかった無念の死者たちの想いが、今を生きる人間を人間にしたからだ。
かつてまだ、鴨川の堤防にバラック小屋が立ちならんでいたころ。おれの親せきも、ともだちもそこにかつて住んでいた。ゼロ番地。
こどものころ、おれが「ていぼう」とよんでいたそこで見た、黒の背景に白と黄色で書き抜かれた
「キリストは墓からよみがえった」
という看板。
そのことばは禍々しい希望としておれのこころに根付き芽吹き数十年後に花咲いた。
それはまさに「異界」から受け取ったことばだ。
過去を美化してるんじゃない。美化なんてできない。だけど美化できない現実からこそ「キリストは墓からよみがえった」、のだ。
おれは神は信じていないが、人間そのものを信じている。
(多文化)共生なんていうその根底に人間不信が巣食っているような思想は必要ない。
「異界」はどこにでもある。そこかしこにある。「異界」を感知する感受性が曇っているだけ。「(多文化)共生」思想はその感受性を殺す。「異界」を殺し、「異界」を「虚無化」するのが「(多文化)共生」思想だ。
だからおれは言う。キリスト教徒ではないからこそおれは言う。
東九条を生きた人間としておれは言う。
人間としておれは言う。
「キリストは墓からよみがえった」
2026年1月7日