『東九条、死者無き多文化共生の行方 ≪37≫』

「宙」のまつり東九条マダン その② 「無縁」の「わたし」のコスプレイベント

 「無縁」の「わたし」のコスプレイベント

   
   
  平山に東九条マダンは必要ない。だが、これからの社会に東九条マダンは必要なまつりである。これは嘘偽りなくそう思う。 「根無し草」のまつりとして、東九条マダンはこれからの社会に必要である。
   
ただし、「多文化共生のまつり東九条マダン」がこのまま「階級」の問題を認識しないのであれば、その「多文化共生」はいずれ「文化盗用」になるだろうという警告は発しておく。
   
 さて、「東九条多文化共生エリア」には東九条地域の「外」からやってきた階級上昇した「二階・三階」の人間がやってくることはこの連載で平山が指摘した通りである。 地域の「外」という「根無し草(故郷喪失者)性」と、階級上昇して地上から一つ上に上がった「根無し草性(浮遊性)」。 このふたつの「根無し草性」を持った人々が「東九条多文化共生エリア」に集まってくる。 そして東九条マダンもそんな「外」かつ「二階」という根無し草が主に主体となって運営されている「まつり」である。
   
平山のように、代々東九条に住んでいる「地縁」、在日韓国朝鮮人であるという「血縁」によって生かされているような人間は「根付き」の人間である。 そんな「根付き」の人間にとって「根無し草のまつり」である東九条マダンはそもそも必要が無い。
   
在日韓国朝鮮人はそもそも「根無し草」であった。植民地時代の朝鮮から日本にやってきた「根無し草」である。 そんな根無し草も三代この東九条に「根を生やして」住めば強い「地縁」が生じる。だが現代のこの社会を見るに、実は在日韓国朝鮮人よりも日本人の方が「根無し草」になっているのではなかろうか。 いわば、日本人が「在日日本人」になっている。土地からは切り離され、煩わしい血縁によって拘束されることもないが、土地や血に生かさているという「歴史感覚」をもつことはできなくなっている。 過度な愛国主義や排外主義的な主張をする政党が一定の支持を得るのもその反動なのかもしれない。 そんな時代だからこそ根無し草の「在日日本人」のためのまつりとして東九条マダンはこれからの社会に必要なのではないか、と平山は強く感じている。
   
東九条マダンは在日韓国朝鮮人のまつりではない。だが、そこで行われている演目や表現は朝鮮の文化である。 しかもその朝鮮の文化は東九条で代々生活する在日による土着的な「祭」ではなく、韓国から輸入してきた「民衆文化運動」であるという。 東九条マダンは生活者の祭では無い、そんな土着性もなければ民族性も希薄なけったいなまつりなのだが、 それを朝鮮の文化の「コスプレ」をみんなでする「イベント」であると見てみるとそのけったいさは説明が着く。
   
念のために書いておくが東九条マダンが「コスプレ」だというのは馬鹿にしているわけではないし、コスプレという表現自体を蔑称として使っているのではない。むしろ「コスプレ」だからいいのだ。 「コスプレ」だからこそどんな属性の「根無し草」もそこに参加することが可能となる。 コスプレという表現が軽く感じるなら「仮装」でもよいのだが、仮装だとハロウィンのようなイメージになるだろうか。 東九条マダンの演目サムルノリなどで朝鮮の楽器を演奏している出演者は「パジ・チョゴリ」という白い朝鮮の服を着ているのだが、普段の日常生活でこのパジ・チョゴリを着て生活している者はいない。 つまり東九条マダンで行われている表現は、そもそも「生活」と切り離された表現であって、それは「生活」と一体化した文化や表現ではない。 仮面ライダーのコスプレをしている人は実際に仮面ライダーとして「生活」しているわけではない。だから「コスプレ」なのだ。 そして「コスプレ」だからこそ仮面ライダーになることを全力で楽しむことができる。そしてそれを観る人も楽しむことが出来る。 だがもし、仮面ライダーのコスプレをする人が「おれは世界を救うために悪の組織と戦っているのだ!」と本気で思っていたらそれは病気であって、観ている人も笑えない。
   
文化とは、生活と一体化しているからこそ文化である。生活と切り離された文化は文化ではない。普段日常の「生活=文化」と異なる様式の「文化=生活」を嗜むのはコスプレや仮装という営みである。 そしてコスプレはコスプレとしておもいっきり全力で楽しめばいい。
   
東九条マダンは土着の生活者の「祭り」ではない。「誰もが参加できる、誰の事も排除しない、みんなのまつり」それが東九条マダン。
   
であるがゆえに東九条マダンで行われている演目や表現が「コスプレ」であることは健全なのだ。 その表現が「生活」から切り離されているがゆえに「誰もが参加できるみんなのまつり」が実現できるのだから。
   
そもそも在日韓国朝鮮人自体がもはや朝鮮の生活をしていない。それは当然だろう「在日」は日本で日本語で会話して日本の様式の生活をしているのだから。 だから「在日」にとっても朝鮮の音楽や踊りをすることは、生活と切り離された表現であるコスプレにならざるをえない。もちろん「在日」には「在日としての生活」はある。 そして「在日の生活から生まれる表現」はある。だが、東九条マダンは在日の生活から生まれた表現ではない。 あくまでそれは「輸入」されてきた「民衆文化運動」であって、つまりそれは「韓国の民衆文化運動のコスプレ」だったのだ。だが確かにそれは「在日」が始めた「まつり」だった。 だからこのことから理解できることは、同じ在日でも、
   
「輸入されてきた朝鮮文化のコスプレ表現をする在日」と「在日の生活から生まれる表現をする在日」の二種類があるということである。
   
「生活から切り離された文化」と「生活から生じる文化」との違いがあり、
   
前者は「階級上昇した二階の根無し草の文化」で、後者は「一階の根付きの文化」である。
    
そして前者は「自分探し系の文化」であり後者は「運命を生ききることから生じる文化」だといえよう。
   
さらに前者は「呪いからの解放」を目指し、後者は「呪いを祝祭に変容」させる指向性がある。
   
東九条マダンに集う日本人もまた「呪いからの解放(逃避)」「自分探し」を求める「階級上昇した二階の根無し草」である。 だが留意しなければいけないことは「呪いからの解放(逃避)」を目指すからこそ「自分探し」をせざるを得ないのであって、「呪いを生きる」者にとって「自分探し」をする必要は無い。 なぜならその「呪い(愛)」こそが「わたし」だからである。
   
なので、曾祖父の代から東九条に住んで根付いて、呪いのような運命を生きて生きた平山にとって、朝鮮文化のコスプレイベントである東九条マダンを見ても、何も感じるものは無いし必要も無い。 もちろん東九条マダンに参加すること自体は楽しいし、学ぶことも多いし、意味のある事だとは感じていた。 5年ほどだったけど、参加してよかったと思っている。だが東九条マダンの表現によって、平山の魂が揺さぶられるとか血沸き肉躍るとか、「生かされている」と感じることは無い。 そしてそれは平山以外の東九条地域「一階」の在日韓国朝鮮人にとっても同じである。東九条マダンが嫌いとかですらなく、そもそも興味がない。 東九条という土地、そして在日韓国朝鮮人という現実や運命そのものを生きてきた人間が、朝鮮のコスプレをする必要などないからだ。
   
だがその朝鮮のコスプレをした日本人が「朝鮮の文化はわたしの文化だ」と本気で思ったらそれは病的であるし、文化盗用である。 そのコスプレと「生活と一体化した文化」の区別がつかず、「民族学級」に入れなかったことをもって在日に排除抑圧されたと喚き散らしているのが浜辺ふうである。 浜辺ふうの滑稽さは、彼女が「朝鮮の文化だ!」と思っているそれは「朝鮮のコスプレ」でしかないということに気が付いていないということである。 贋金で買えるものはこの世界のどこにもない。浜辺ふうの失敗は、東九条マダンでしか使えない贋金を、東九条マダンの外で使おうとしたところである。 浜辺ふうは異常な例外なのだが、とは言え、「多文化共生系レイシスト」浜辺ふうを生んでしまった原因の一つである東九条マダンとは一体何なのだろうか。その歴史を改めて検証してみたい。
   
東九条マダンが始まる10年前、1983年、大阪の生野区で「生野民族文化祭」が始まった。 東九条マダンのみならず、日本全国の在日韓国朝鮮人の「まつり」はこの生野民族文化祭に刺激や影響を受けて始まっている。
   
その「生野民族文化祭」のスローガンは
   
「ひとつになって育てよう 民族の文化を! こころを!」
   
である。生野民族文化祭りはその名の通り「民族」の祭である。だから運営側に日本人は参加できないし、同じ在日でも日本国籍に帰化した在日は参加できなかった。 その是非はともかくそれは生野民族文化祭りが「奪われた」民族性やアイデンティティを自らの手で取り戻し回復させるための「祭り」であることがわかる。 それは日本人もいっしょにひとつの「まつり」をつくる東九条マダンとは全く異なるものである。
   
だから生野民族文化祭は「コスプレ」や「イベント」ではないということがわかるだろう。それは「仮装」ではなく「本当のわたし」、アイデンティティを取り戻すための「本気」の祭りだ。 故にそれは「コスプレ」ではない。アイデンティティはコスプレではないからだ。そして「コスプレ」ではないからこそそこに日本人は参加できない。
    
「アイデンティティ」の祭 生野民族文化祭
   
「多文化共生」のまつり 東九条マダン
   
そう、東九条マダンはアイデンティティの祭ではない。そして「多文化共生」はアイデンティティにはならない。
   
くりかえす。
   
「多文化共生」はアイデンティティにはならない。
   
「わたしは日本人です」「わたしは韓国人です」という事はできるが、「わたしは多文化共生です」という事はできない。つまり「わたし」は多文化共生によって「主体化」されることはない。
    
「アイデンティティ」の祭 生野民族文化祭は民族性という強い「主体」を打ち出す祭だが、「多文化共生」のまつり 東九条マダンには「主体が無い」。
   
くりかえす。
   
東九条マダンには「主体が無い」。
   
これがまず、東九条マダンが「宙」のまつりであることのひとつの理由である。
   
東九条マダンには「多文化共生のまつり」という「客体」はあるが、それが「多文化共生」であるがゆえにそれは「主体」として存立しえない。 あるいは東九条マダンによって主体化されるような何かは無い。
   
だがこれが不思議なところなのだが、「主体がない」からといって決して東九条マダンが無責任だとか虚無だとか、実体が無いということではない。 東九条マダンは起きたことにきちんと責任はとるし、何かあればきちんと話し合いをするし、実体がちゃんとある。前川修や浜辺ふうといった「他者消去」する者たちとは違う。 それは平山が五年関わって身をもって実感している。
   
なのに「主体」が無い。
   
いや、無いことは無いのだが、その主体は「宙」に浮いて在る。
   
とてもけったいなまつりである。
   
だがこの「宙」的な在りようこそが、平山には必要無いが「根無し草」に必要なイベントたる所以であるのだ。
   
この「宙に浮いた主体」もしくは「主体を宙に浮かす」という在りようこそが、地縁も血縁も希薄となった現代の「根無し草」にとってちょうどよい居場所になるのではないのだろうか。
   
だがこの「宙化された個人」は「虚無化された個人」と紙一重である。何とも「関係ない」のであればそれは「虚無」である。だが、東九条マダンは「関係なくなはい。なくはないが、…」である。
   
上からも下からも右からも左からも前からも後ろからも「宙吊り」にしているからこそ、それは「虚無化」しない。
   
その「宙吊り」とは「誰もが参加できるみんなのまつり」を徹底するという「掟」にあるのではないだろうか。
   
東九条マダンにおいて「誰もが参加できるみんなのまつり」はルールや規則ではない。「掟」である。 「掟」ということはある種の「土着性」がそこにある。そしてこの「掟」は明文化されていないが身体化されている。 この「掟」やある種の「土着性」「身体性」こそが「東九条多文化共生エリア」の「虚無的な多文化共生」とは決定的に異なるところである。
   
東九条多文化共生エリアには「身体」は無い。「身体化された共生」や「身体化された多文化共生」は東九条多文化共生エリアには存在しない。故に、東九条多文化共生エリアで虚無化が進行する。
   
東九条マダンは何故「虚無化」しないのかといえば、「誰もが参加できるみんなのまつり」という「掟」という「土着性≒身体性」がそこにあるからである。
   
「東九条多文化共生エリア」には「多文化共生身体」は無い。だからそれは嘘であり虚無である。
   
「東九条マダン」には「誰もが参加できるみんなのまつり身体」がある。
   
つまり「宙の主体」を実現する身体がある。だからそれは危うい道だがかろうじて虚無にはならない。
   
これは平山が実際に参加して得た実感に基いて書いているので、事務局なり実行委員会に参加しなければわからないだろうとは思う。
   
そして、だからこそ、「東九条マダンの身体」と「平山の身体」は合わないので、平山は東九条マダンには参加しないということである。
    
東九条地域にいろんな「身体」がある。これこそ本当の意味での多様性なのではないのか。 だが「東九条多文化共生エリア」はそもそも身体が無い「虚無」であるうえに「多文化共生に適応できる者」以外の人間を全て排除する。多文化共生の名のもとに。 それは「東九条多文化共生エリア」の中心である「京都市地域・多文化交流 ネットワークサロン」所長の前川修のこれまでの地域住人への非人間的な所業が全てを証明している。
   
だが、東九条マダンは違う。そこには「誰もが参加できるみんなのまつり」を実現するための「身体」があり、「宙の主体」がある。
   
だからこそ「朝鮮文化のコスプレをするイベント」という「軽み」が必要なのであって、その「軽み」こそが現代の地縁血縁から切り離された「無縁」の「根無し草」にとって必要な「まつり」なのではないのだろうか。
   
「無縁」という「宙」に浮く「わたし」
   
「恨(ハン)」すら結ばない、「無縁のわたし」にとって必要な「まつり」なのかもしれない。




   


   



    

   

    

2026年5月09日

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