永遠の少年が学ばねばならないのは、情熱に駆られて我を忘れるような仕事ばかりでなく、嫌いな仕事にも精を出すことだ。
〈略〉たとえばゲーテは、ワイマールの宮廷に仕え役職についていたため、机に向かって何時間も税金関係の細かい請求書や他の書類にも目を通さねばならなかった。
これは、アントニオー二としての仕事の一面であるが、確かにゲーテの人生の一部をなしていた。彼は作品の世界を現実に生きた人だった。
━━━M-L・フォン・フランツ 著 「永遠の少年 『星の王子さま』の深層 」 紀伊国屋書店 p074より引用
彼は作品の世界を現実に生きた人だった。
「表現」をする者にとってこれほど重いことばはない。
この世にいろんな「表現」があるが、その「表現」が良い悪いという評価や売れた売れないという市場価値とは別に、その「表現」が嘘か現実なのかは作者がその作品を実際に生きているのか否かに懸っている。
「表現」とは人間にとって衣食住宗と同じく生活や人生そのものであり、それは決して「仮構」や「幻想」ではないからである。
東九条マダンを「表現」として見た時、東九条マダンはその「表現」が実際に生きられることは無い。
何故なら東九条マダンにおける「表現」とはある「仮構」をつくるためになされているからである。
それは「現実」ではなく「仮構」であるがゆえに東九条マダンはコスプレでなければならない、のだ。
平山はこの連載で東九条マダンが民衆文化運動であるといってもそれは朝鮮文化のコスプレイベントであるということを指摘してきた。
だが同じ民衆文化運動であっても東九条マダンにおいては「二階」の世界の者が民衆の「コスプレ」をするのに対し、韓国の民衆文化運動は「二階」のエリート層が民衆に「変身」するという違いがあるという事を示した。
韓国の民衆文化運動においてその「変身」すること自体が体制への強烈な抵抗になっていた。韓国の民主化運動における「変身」は現実に独裁政権を倒すための「変身」や「表現」でありそれは決して「仮構」ではない。
韓国の民衆文化運動における「表現」は実際に生きられたものである。
その事は前提として、
だがそもそも韓国の民衆文化運動においてもその「民衆文化」はエリート層によって「発見」されたものであった。その「民衆文化」を実際に生きていたのは「一階」の「民衆」たちである。
つまり「民衆文化」なる「表現」を、「一階」「二階」で分類してみるならば
・「一階」の表現…生活=歴史に根差した祭りや儀式や文化的営為。厳密にはそれは「表現」ではなく「生活」そのものである。
・「二階」の表現…「一階」の世界で営まれている文化的営為を「発見」して「真似」る。韓国においては「変身(抵抗)」、日本に置いていは「コスプレ(連帯)」。
となる。本物と真似であれば同じ民衆文化といってもその「表現」の質はおのずと異なるものとなる。
「表現」において「一階」と「二階」の世界では一体何が違うのかを考えてみたい。それが「民衆とは何なのか?」をより明らかにするだろう。
平山が知る限り、東九条地域において、祖母祖父から母父へ、そして母父からこどもへ代々受け継がれた朝鮮の生活に根差した文化はチェサ以外には無い。
そのチェサは決してコスプレやモノマネではない。在日の生活や現実に根差した生の営みだった。東九条マダンはコスプレであるがゆえに、この「本物」であるチェサや儀式をすることは無い。
在日と言っても当然千差万別で「在日とは~である」という一般化はできない。ここから先書くことはあくまで「平山は~である」ということだということを前提として読んでほしい。
だが、あえて、主語を在日にして論を進めていく。
「一階」「二階」のその階級差は社会的な状態の違いでもあるのだが、「表現」を考えるにあたってはその「心理的状態」のちがいに焦点を当てて考えてみる必要がある。
前々回、前回の連載で書いた通り、
在日とは「人間であるが国民ではない」者である。
そして特に在日一世がそうだが、在日の中でも、苛烈な差別、貧困、暴力の悪影響を受けた者は
「人間でもなければ国民でもない」者である。
この社会において「人間」であること、「国民」であること、このふたつの異なる「同一性」のグラデーション中で「差異性(個性)」は許容される。
だが、「人間であるが国民ではない」という、同一性のタガがひとつ外れた在日は「差異性」のタガが外れることになる。
また、自身がおかれた社会的状況、家庭環境によってはもう一つの「同一性」である「人間」も破壊されており、その場合当然「人間でもなければ国民でもない」という「無限の差異性」が暴走した状態となる。
ちなみに、日本に住む日本人であっても「人間でもなければ国民でもない」者はいて、これは在日に限った話ではない。
平山が東九条において現実に接した在日一世、二世は「人間でもなければ国民でもない」という「無限の差異性」が爆発暴走した人たちであり、狂気、暴力、死を直接生活として生きた人達であった。
その末裔である平山にもその身体は確かに受け継がれている。平山の表現はその「無限の差異性」から現れたものであり、平山剛志という個人による表現ではない。
さて、同じ在日でも「表現」において二つに分かれることが明らかになった。
①東九条マダンのような文化コスプレ「表現」
②「人間でもなければ国民でもない」という「無限の差異性」の流出としての「表現」
だが②は「表現」ではない。「無限の差異性」を「表現」することなどできない。「無限の差異性」は字面だけみればカッコいい響きがあるが、つまりこれは地獄のことである。
「無限の差異性」に囚われると、何もできなくなる。何かを「表現」する、もしくは「生きる」ということは「限定」することに他ならない。
味噌汁は「器」という液体をかたちに「限定」するものがあるからこそ飲むことができる。
だが「無限の差異性」にはそれを限定したり制限したりする「かたち≒同一性」がないのだからそれは「表現」しうることが不可能である。
「無限の味噌汁は飲むことができない。」だから「無限の差異性」に囚われてしまうなら必然「わたし」は破綻し、狂気、暴力、死に陥るしかない。
いわゆる底辺層のことを反知性だの、暴力だのキチガイだのと馬鹿にし見下し排除する風潮があるが、「無限の差異性」に囚われた者はそれを直接生きるしかなく、
生活や人格や人間関係が荒廃するのはある意味必然のことである。
荒廃した者たちを見下し排除する前に、まず「人間であること」という最低限の「同一性」を保証することが先なのでは無いのか。それはさておき、
『①東九条マダンのような文化コスプレ「表現」』に見られる、在日による「民族まつり」とは端的にアイデンティティまつりである。
在日が日本で生きるにおいて奪われ毀損された民族性や主体を回復するという、アイデンティティ=「わたし」の再生のためのまつりであり表現である。
一方、『②「人間でもなければ国民でもない」という「無限の差異性」の流出としての「表現」』はアイデンティティ=「わたし」にまつわる表現ではない。
これはこころそのもの、現実そのもの、身体そのものの表現である。
そこで
①を「わたし」の表現
②をこころの表現
と単純に書いてみる。
「わたし」とこころはちがう。「わたし」を自我と言ってもいいけれども、「わたし」とはこころの蓋である。あるいは、「わたし」とはこころに「制限」や「限定」をあたえる「かたち」である。
「わたし」は有限であり、こころは無限である。
このこころの無限や永遠が「無制限」に流出しつづけるならば、それは近代社会において病や狂気といわれる状態となる。
「表現」とはこころから流出する無限や永遠に「かたち」を与え「制限」することである。
例えば絵画であればキャンバスのサイズという「制限」があり、演劇ならば舞台という空間的な「制限」があり、連載漫画ならばページ数や締め切りという「制限」があり、
また、どんな表現においても予算という「制限」があり、「表現」の各ジャンルにおいて様々な「制限」がある。この「制限」の形態こそがジャンルそのものなのだが、「わたし」もまた「制限」である。
その「制限」とは「仮構」である。その「制限」に絶対的な根拠はない。味噌汁の器は丸でも四角でも三角でも構わない。だから「わたし」という近代的自我は「仮構」である。
だがその「仮構」があるからこそ近代人は狂わずにすむ。くりかえすが、器という「仮構」があるからこそ味噌汁を飲むことができるのだ。器の無いみそ汁は狂気そのものである。
近代社会における「わたし」とは、「人間」でありかつ「国民」であることである。そして「人間」や「国民」という概念にも定義があり、その定義とはすなわち「制限」である。
万人がその「制限」の範囲で生きるからこそそれは「同一性」を担保する。
「制限≒同一性≒かたち」そのものが「わたし」なのだ。
そしてこの「わたし」とこころはちがう。
こころは本来、現実そのものであり、自然そのものであり、それは制限なき無限であり永遠である。
ほぼ自然と一体化していた人類の曙のようなはるか古代の時代であれば、このこころの無限や永遠を直接生きることができた。
〈この時代、味噌汁(自然)だけがあり、器(自我)は味噌汁(自然)の中でまどろんでいた。〉
文明がこの地球に現れたとて、生活と宗教、政治と宗教が分離していないような時代であれば人間は無限や永遠を祭事やシャーマンを通じて生きることができた。
〈味噌汁(自然)を入れる、器(文明=わたし)が現れた。〉
だが、文明をさらに発達させ、政治と宗教が分離し、近代に至るにおいてこころの無限や永遠は文明的な社会を破壊する要素でしかなくなる。
〈空っぽの器(自我)だけが装飾され際限なく肥大し、味噌汁(自然)は腐り捨てられた。〉
近代社会において政教分離が大原則になっているのはそのためで、政教分離とはすなわち「政治=制限」と「教=無限」とを分離させたということである。
だが、分離したからといって無限が無くなるわけではない。そして近代の、あるいは現代の宗教が「無限」を担うことはできていはいない。「神は死んだ」からである。〈ついに、味噌汁は死んだ!〉
近代はひとりの人間個人においても「有限と無限の分離」をもたらした。そして有限(わたし)と無限(こころ)の「分離」が「乖離」にまで広がり、「分裂」にまで至ればいよいよそれは病気や狂気とよばれる現象となる。
そして現在はこの社会そのものが狂っている。それは「死んだ神」の絶叫である。
平山がこの連載で散々言っている階級の問題。「一階」と「二階」の世界の分断、分裂の本質とは、人間における有限(わたし)と無限(こころ)の「分裂」である。
近現代人はあまりにも「わたし」とこころとが分断してしまった。その分断が社会に投影されるとき、それは「一階」と「二階三階n階」との分断として現れるのだ。
「一階」の底辺層が肉体労働を担い、「二階三階」の世界の者が頭脳労働を担うのは、肉体と精神の分裂の投影である。
厄介なのは、肉体の価値が貶められ、精神の価値が高められていることである。だがこれは近代にはじまったことではなく、人類に自我が芽生えてから始まった傾向なのだがそれはさておき、
この癒しがたい分断分裂を回復すべく、近現代人には「表現」が必要となるのだが、改めて整理してみると近代人の「表現」は
①「人間でありかつ国民である」者の「表現」〈器が安定していて味噌汁はこぼれない〉
②「人間であるが国民ではない」者の「表現」〈器の右が壊れていて味噌汁がこぼれる〉
③「人間ではないが国民である」者の「表現」〈器の左が壊れていて味噌汁がこぼれる〉
④「人間でもなけば国民でもない」者の「表現」〈器が全壊していて味噌汁は猛り狂っている〉
に分けることができ、それぞれ異なる「表現」となることは容易に理解できるであろう。
①が最も「制限≒わたし」「同一性」が強固であるがゆえに「差異≒個性」は最小限に安定している状態の「表現」である。
④が最も「制限≒わたし」「同一性」が機能しておらず「差異≒個性」は無限に暴走し流出しそれは「表現」すらできない狂気の状態。
ちなみに平山の表現は②と④のグラデーションにある。
東九条マダンは①の世界の日本人と②の世界の在日との「みんなでつくるまつり」である。
つまり東九条マダンは比較的自我が安定し制御されている者たちの「表現」である。
在日のなかでも大学を出て階級上昇を果たし、就職をし、家庭を築き、
社会的にも安定し日本の社会に「高度に適応」できた在日たちが主体となって運営しているまつりなのだから「わたし」=自我が安定した者たちの表現である。
自我が安定し制御されている「わたし」において、こころの永遠や無限が流出することは無い。東九条マダンに参加している人たちは良い意味でアマチュアの、ふつうの市井の人達である。
そのこころ身体の内奥から湧き出る衝動をかたちにするというタイプの人達ではない。「その作品を現実に生きる」タイプではない人達が「表現」するなら「型」が決まっている何かがよい。
その中身は問わず、「型」だけ守っていれば何らかの「表現」にはなる。いやむしろ、「かたち=同一性」を新たにつくることこそが東九条マダンにおける「表現」の目的なのだ。
東九条マダンにおける「みんなでひとつのまつりをつくる」とはその「かたち=同一性」のことである。
であるならば、その「みんな」とは具体的に誰の事なのだろうか??
その「みんな」とは
①「人間でありかつ国民である」日本人と、階級上昇した②「人間であるが国民ではない」在日とのがひとつになった「みんな」である。
つまり、②「人間であるが国民ではない」在日にとって「国民」に代わる「同一性」こそが「みんな」なのである。
「国民」を「みんな」へと変換するならば、東九条マダンにおける在日とは
「人間でありかつ「みんな」である」
存在と定義されるだろう。
であるがゆえにその「表現」はコスプレでなければならないのだ。
であるがゆえに、日本人が朝鮮文化のコスプレをする「必要」があるのだ。
その「みんな」とは現実の人間ではなく「仮構」であるが故に。
在日が「みんな」であるためには、その民族性を漂白しなければならない。民族性や歴史性を強調すればそれは「差異」の強調となり、日本人も含む「みんな」にはなりえない。
だからといって朝鮮の文化を捨てて盆踊りをするというやり方では意味がない。そして在日だけが朝鮮文化のコスプレをしても「みんな」という同一性は仮構されない。
日本人が在日と一緒に朝鮮文化のコスプレをすることで初めて「国民」に代わる「みんな」という「同一性」が仮構されるのだ。
この「国民」に代わる「みんな」という「同一性」を仮構するために東九条マダンの朝鮮文化のコスプレという「表現」はある。
もちろん、であるがゆえに在日としての民族性は漂白され、在日としての主体性は宙吊りにされる。また東九条マダンに参加する日本人にとっても「日本国民」という主体は宙吊りにされる。
日本国民という「同一性」から「解放」されたい日本人は東九条マダンに参加することに意義を見出すだろう。またそれは同時に在日が在日であることからの「解放」も意味する。
そしてそれは「人間でありかつ国民である」という近代人からの「解放」をも意味するだろう。
東九条マダンとは在日にとっての近代に対する答えのひとつである。
それは「国民」という「同一性」からの「解放」というひとつの答えである。
東九条マダンは「みんな」という「同一性」を仮構することによって、在日にとっても日本人にとっても自らを縛り付ける「国民」という「同一性」からの「解放」をもたらした。
そしてそれが「多文化共生のまつり」だなんだと言われるようになった。
だが、その「解放」の結果、起きたことは「人間」の崩壊である。
確かに東九条マダンはすばらしい「まつり」だ。
だが、その周辺で異常なことが起き続けている。
「みんなのまつり」東九条マダンに影響を受けた浜辺ふうという日本人が、在日による在日のための民族教育をするための民族学級に自分を入れろと不当要求を繰り返し、
それが叶わなかったことをもって東九条地域から疎外されたと被害妄想を募らせ、
「在日になりたかった」「在日に生まれたかった」「通名が無いのは理不尽だ」「わたしにも祖国があると思っていた」と自らが主催する演劇で暴言を放ち喝采を浴び、
浜辺ふうのパートナーである山崎なしが「(在日の一世、二世の怒りや悲しみ)そういうのに反発するのがモチベーションでやってるんすよね。」と多文化共生施設のド真ん中で言い放つ。
そして浜辺ふうの気味の悪さは、浜辺ふうの主張がすべてかん違いと被害妄想という「虚構」であるということである。
浜辺ふうの主張のどこにも現実や歴史が無い。「みんな」という「仮構」が生んだ薄気味悪い「虚構」、それが浜辺ふう=山崎なしである。
これこそが「国民」から解放された「みんな」による「人間」の崩壊そのものである。平山がこれに対してどれだけこれが在日への差別や侮辱や収奪であるということを訴えても、「みんな」はそれが理解できない。
浜辺ふう=山崎なし及び多文化共生エリアの者たちにとっては日本人も在日も「人間でありかつ「みんな」である」からであり、
平山のように在日の「差異性」を訴える者はむしろその「みんな(同一性)」を破壊する悪や暴力でしかない。
「国民」が「みんな」に変容する時、当然だがその「人間」概念も変わる。なぜなら、「みんな」とは当然「国民」よりも広い概念でありかつ、それはもはや「人間」にほぼ等しい概念となるからである。
「人間」とは当然世界中のあらゆる国籍人種民族を含んだ「人間」である。そして「みんな」もまた世界中のあらゆる国籍人種民族を含んだ「みんな」である。
ということは、東九条マダンにおける
「人間でありかつ「みんな」である」
とは、実質「みんなでありかつみんなである」という「差異無き同一性」そのものである。
近代社会において思想の右と左との均衡や対立こそが「国民(右)」と「人間(左)」という二つの同一性を相補いながら強固なものにしていた。
だが「国民」が「みんな」になってしまえばその均衡は当然崩れ、「人間」という概念そのものも変化せざるをえない。
近代人の定義である「人間かつ国民である者」は「人間」と「国民」という二つの「同一性」が異なる範囲を指すものであったからこそ、そこに矛盾を含んだ多様な差異≒他者を許容する余地が生じた。
だが、東九条マダンおよび東九条多文化共生エリアにおける「みんなでありかつみんなである」という同一性には「差異=他者」が生じる余地はない。
浜辺ふうは「みんなでありかつみんなである」からこそ、民族学級に入れれろという不当要求をくりかえした。
山崎なしは「みんなでありかつみんなである」からこそ「(在日の一世、二世の怒りや悲しみ)そういうのに反発するのがモチベーションでやってるんすよね。」と得意げに言い放った。
両名とも日本人と在日に「差異」があるということを認識できないからこそこのような発言や行動に現れるのだが、これは浜辺ふう=山崎なしだけではない。
東九条多文化共生エリアの者たちは日本人と在日に差異があることを認識できないという精神構造がある。
もう一つ例をあげるなら、大谷通高を中心に某写真展に関わる者たちが作った、東九条を題材に作られたボードゲームにおいて東九条地域住人が動物の姿で描かれていたという出来事がある。
東九条地域という「属性」を指してそれを「動物」の姿で表象することは全き差別や侮辱である。
驚くべきことは、東九条多文化共生エリアでこの「表現」が差別や侮辱であることに気が付く者が一人もいなかったことである。平山に指摘されて初めて気が付いた、という始末だ。
「人間」でありかつ「みんな」であるならば、「人間」ということばはもはや機能しなくなる。「人間」ということばがもっていた歴史や意味や価値は「みんな」に取って代わられる。
「人間」であることよりも「みんな」であることが優先される。
「みんな」なんてことばには何の歴史も無い。そして人間ということばは他者を他者たらしめることばだが、「みんな」ということばが他者を生成することはない。
平山があのボードゲームに感じた気持ち悪さは、そこに「人間」が表象されず、空っぽの「みんな」が表象されていたからである。
そこに「人間」がいないというあまりにも異様な状況に気がつかないのは、東九条多文化共生エリアにおいて「人間」という「同一性」が壊れているからである。
そしてそこに「人間」が存在せず空虚な「みんな」だけが漂っている。
その「みんな」に東九条地域住人の平山は入ることはできない。正当な抗議も暴力だなんだと言われ排除される。抗議とは「差異性」の強調であるからだ。
「差異無き同一性」が支配する「みんな」の東九条多文化共生ムラにおいて抗議することそのものが暴力なのである。東九条多文化共生ムラにおいては「差異」そのものが暴力として認識される。
そして本当に薄気味悪いのは、その「みんな」とはあくまで「仮構」である。「仮構」であるがゆえにそれは生きられることは無い。誰もその「みんな」を現実に生きてはいないのだ。
浜辺ふう=山崎なしも「仮構」の存在である。ただただ薄気味悪い。
改めて書いておくが、東九条多文化共生エリアを構成しているのは、東九条地域の「外」からやってきた大卒以上の「二階」の世界の者たちである。
東九条マダンもそうである。だからこの「みんな」とはあくまで「二階、三階」の世界限定の「みんな」でしかない。「一階」の世界の人間は「差異無き同一性」が支配する「みんな」の中には入れない。
「二階」の世界にとって「一階」の世界の人間は「他者=差異」そのものだからである。
その「差異無き同一性」といえど「一階」「二階」という「階級」という「差異」を消すことはできない。
消すことができないのならば「無かったこと」にして「排除」するしかない。
だからその「差異=他者」そのものを「暴力」だとして「排除」するのだ。
そして危険なことは、「差異=他者無き同一性」は「差異=他者」を現実の「暴力」へと変えてしまうということである。
「差異=他者」は「他者=差異」であるがゆえに「差異=他者」のままに留め置かれる。だが、
その「差異=他者」を無かったことにするならばその「他者=差異」は「暴力」として「表現」されるしか他なくなる。
「人間」という「同一性」が壊れた上で「みんな」という「同一性」からも排除するならばその「差異=他者」は「無限の差異性」となり、
「無限の差異性」は狂気暴力死として「存在」せざるをえない。
故に、「みんなかつみんな」という「差異無き同一性」こそが「暴力」を生むのだ。
「差異=他者無き同一性」が駆動し続けるならば、東九条多文化共生エリアで、本物の暴力が起きるだろう。奴らが被害者ぶった顔をするのは目にみえているが、その暴力を誘発したのは多文化共生エリアの「みんな」であることを予め言っておく。
そしてそれが「みんな」であるがゆえに、その事件に誰一人責任をとらない、ということまでおれは先に書いておく。
東九条マダンという民衆概念を不当に歪めて始まった「表現」によって「人間」は「みんな」という得体のしれない概念となった。
あの醜悪なボードゲームや浜辺ふう=山崎なしや前川修を見れば、「みんな」という人間が人間でなくなった非人間の姿をそこに確認することができる。
東九条マダンの「差異を消滅させる同一性」の思想によって仮構された「みんなかつみんなである」は、近代的「人間」を消滅させるに至った。
そしてそれは多文化共生のまつりだともてはやされている。それは人間にとっての進化なのだろうか?おれには虚無化にしかみえない。
平山にとっての民衆、
「人間であることから排除されている人々、であるがゆえに人間そのものを生きざるをえない人々。」
における前者の「人間」とは近代的人間のことであり、後者の「人間」とは人間そのもののことである。
人間そのものとは、こころそのもの、身体そのもの、現実そのもののことである。
人間そのもの(=身体、こころ、現実)は近代社会においては狂気暴力死として排除される。
だがそれはあくまで近代社会にとって排除すべきものであるということであり、非近代的な社会であれば人間そのものを生きることは可能となりうる。
つまり「民衆」とは端的に非(前)近代人であると言ってもいい。
東九条マダンは徹頭徹尾「近代」である。そして「近代」からの「解放」を目指してたどり着いたのが、誰もそれを本当に生きることがない「みんな」という「仮構」であり、
その仮構こそが東九条マダンの「宙」である。そしてその主体を「宙吊り」にする「みんな」が東九条マダン周辺を「虚無化」させた。
東九条マダン周辺で異常なことが起き続けるのは「宙」が現実を「虚無化」させるからである。東九条マダン自体は虚無ではない。だが、
東九条マダンによって「宙吊りにされた主体」は「まつりの後」に「虚無」と化す。
「まつりの中」にいる者は「宙」のまま。だが「まつりの後」に「虚無」と化す。そして「東九条マダン周辺」とはまさに「まつりの後」という「時間」のことなのだ。
東九条マダンのまつりの後を生きている、おまえ。おまえだよおまえ。おまえの名前を書くことは無い。なぜならおまえは虚無だから。国民でもない、人間でもない、みんなでもない、わたしでもない、虚無。
名前さえ書かれない虚無。
てめえ、いいかげんにしとけよ。
マダンだ在日だ東九条だそんなことはどうでもいいわ。
おまえが忘れたおまえの名前を、その身体に聞いて思いだせ。
思いだされた御名その身体が、おまえの虚無を焼き尽くしてくれるわ。
主体を宙吊りにした後、まつりが終わればその「宙」は虚無と化すのは当然で、「まつり」は必ず終わるからだ。
だが、「まつりの後」に再生や復活が起きない。だから「東九条マダン周辺」という虚無がそこに生まれるのだ。
まさしくこれは正しく近代のなれの果てといえよう。この虚無化作用も含めて東九条マダンは徹頭徹尾「近代」なのだ。
であるが故に東九条マダンは決して「民衆」的な何かではない。民衆は徹頭徹尾「非近代」だからである。
だがそれは決して「民衆」的な何かではない。民衆は初めから非近代だからである。
「民衆」のコスプレをする東九条マダンは全き意味での「近代」であり、「民衆」とは非近代そのものであった。
近代/非近代ということに照らして言うならば平山は「民衆」にもうひとつの定義を加えたい。それは
「民衆とは非文字の者たち」
である。
非文字とは文字の読み書きができないということである。国民の識字率の高さもまた近代国家の条件のひとつである。近代は文章によって造られるからだ。
また、文字の読み書きに習熟するということそのものが近代的自我を形成するからだ。
東九条マダンの近代性の由縁とは、東九条マダンは「文字」から始まっていることにある。
「みずからの文化を創り出す 梁民基記録集」 p208 より以下引用する━━━
ある時、ちょうど日本の戦後の紙のない時期のような汚い紙でできた薄っぺらい本で、月刊『読書』というのがありました。
そこに、いわゆるマダン劇というのがあって、それについての論文もいくつかあった。…〈略〉…私は、これに非常に衝撃を受けたんです。
…〈略〉…
韓国にはこんなようなものがあるという、雑誌に出た論文の話をしたところ、「それをぜひ訳して新聞に載せてくれないか」と言う。〈略〉それを見た東京のある出版社(晶文社)が
「マダン劇に関する本にしようか」と言うので、その他の資料を集めて、「工場のともしび」などを含めて、一冊の本にまとめることになった。〈略〉『仮面劇とマダン劇』という本を出したんですよ。八一年のことです。
しばらくすると、会ったことのない人から、電話がかかってきたんです。その本についての話、マダン劇についての話を大阪でしてほしいということでした。…〈略〉…
いろいろな話をすると、最後には結局、「わしらいっぺんマダン劇をやろうやあ」ということになった。
━━━引用以上
梁民基氏がマダン劇を知ったのは書籍であり、マダン劇や民衆文化運動の資料を梁民基氏が翻訳した書籍がきっかけとなり大阪でマダン劇が上演されることになる。
そしてそれが生野民族文化祭につながり、東九条マダンにつながる。
梁民基氏が輸入した「民衆文化運動」のはじまりは、書籍、つまり「文字」だった。
東九条マダンは「話しことば」から始まってはいない。「書きことば」からはじまったのだ。
ここに東九条マダンの近代性がまさに凝縮されている。
平山にとって、民衆の「表現」とは非文字性にある。
かつて民衆文化運動を自認していた東九条マダンにおける「表現」と、
「人間であることから排除されている人々、であるがゆえに人間そのものを生きざるをえない人々。」である民衆の「表現」はこの「文字」の読み書きができるかどうかという点において、決定的に質が異なるのだ。
「一階」と「二階」の断絶とは、突き詰めればこの「話し言葉」と「書きことば」との断絶にある。
連載次回は「文字」について考えてみたい。
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参考文献
荻野昌弘 「資本主義と他者」 関西学院大学出版会
M-L・フォン・フランツ 著 「永遠の少年 『星の王子さま』の深層 」 松代洋一 椎名恵子 訳 紀伊国屋書店
エーリッヒ・ノイマン 著 「意識の起源史」 林道義 訳 紀伊国屋書店
木村敏 著 「時間と自己」 中公新書>
「みずからの文化を創り出す 梁民基記録集」 梁民基記録集編集委員会
2026年7月19日